そして時は動き出す


ノックの音に、俺は勢い良く立ち上がる。
その反動で持っていた紅茶が少しこぼれたが、そんな事はどうでもいい誰でもいいからこの状況をどうにかして欲しい!

急いでカップをテーブルに置いて、いつになくアクロバティックな動きでソファを飛び越え、扉に向かって走り出した。
後ろで変人が「良いところだったのに…」と残念そうな声を上げたが、良いところな訳があるもんか!ふざけんな!ばか!変人!変態!

「はっはいっどなたでございましょうか!」

俺が勢い良く扉を開けると、そこには

「うおっビックリした…つーかお前突然帰るなよ、ばか。小澤君が心配して…」

「むっむらかみぃぃぃ!!」

救世主の如く現れた村上に、俺は声を上げて飛びつく。
するとそれを見た変人が急いで俺を追いかけて来て声を上げる。

「総一君!どういう事だい!彼は誰だ!ええい総一君から離れたまえこの安めの宝石男め!」

その声に反応した村上が変人の姿を見て更に声を上げた。

「安めの宝石男って俺の事!?けなされてんだか誉められてんだか複雑な気分…って、え、え!?成瀬先輩!?何!?何この状況!とりあえず河合お前離れろ!」

「総一君を"お前"だなんて馴れ馴れしい呼び方するんじゃあないこの宝石泥棒め!」

う、うるせえ!
かつてないくらいうるせえ!
そんで宝石好きだなこいつ!
しかも村上に抱き着いたままの俺を後ろからグイグイ変人が引っ張って来てすげえ痛い!
でも俺は離れるもんか、絶対に離れるもんか!

俺を離そうとする村上と、村上を離そうとしない俺と、俺を村上から離そうとする変人の良く解らない攻防が続く。
俺にとっては絶対に負けられない戦いだったのだが、これが、大変な事態を招く事になる。


…騒ぎを聞き付けた他の生徒達が、次々と部屋から顔を出し集まって来てしまったのだ。


「…あれ、成瀬先輩!?」
「何で成瀬先輩がこんな所に…」
「わっ麗緒様だ!皆、麗緒様が居るよ!!」


…忘れかけていたが、この変人は有名人なのである。
どんどん人が集まり、廊下が騒がしくなる。

これはいけない状況だ。
俺は即座に村上から離れ、そのまま逃げようとしたのだが、時既に遅し。

…観衆の中で、俺は変人に捕まり、抱きしめられてしまった。

いやー!とかキャー!とか、およそ男子校とは思えないような叫び声が廊下に響き渡る。
当の俺は声すら出なくて、既に失神寸前だった。
そんな俺を無視して、変人が声を張り上げる。

「やっと僕の宝石を取り返す事が出来た…君、いや、ここに居る君達全員、良く聞きたまえ。この子は、河合総一君は、僕の大切な恋人だ。手を出したらこの成瀬麗緒が容赦しない!!」

一瞬廊下がしんと静まって、今度はさっきよりもっと大きな叫び声や、泣き声の様なものが廊下に響き渡り…それと同時に、俺の意識は途切れたのだ。


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