犬小屋の鍵、貸します。
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好きな気持ちと雨模様


こちらへ越してきて二ヶ月が過ぎ、アルバイトを始めてからはもう一ヶ月になる。
朝から客足の途絶えないカウンターに立ち、営業スマイルを浮かべて仕事を熟していく。

「いらっしゃいませ。こんにちは」

物腰が柔らかいのと言葉遣いが丁寧だということで、俺は裏方じゃなくてカウンターに回された。
愛想笑いを浮かべて仕事を熟していくのは、なかなか大変だけど別段、苦にはならない。

平日は5時過ぎから、土曜日は休みで日曜日は8時間のアルバイトをしている。
学校のすぐ近くのバーガーショップは学生のお客も多く、日曜日の今日は様々な客層のお客でごった返している。

初めての仕事もそれなりに熟してしまう自分に苦笑いつつ、これからを思って気持ちを引き締めた。


営業スマイルというより愛想笑いは今までの俺の専売特許で、嵯峨野の家を飛び出すまでの俺は、毎日のように安売りしていた。
微笑みの貴公子だとかなんとか言ってのけたのは誰だったか、俺のファンクラブの一年生だかにそう呼ばれていた。

自分を偽って、猫をかぶって。
それが、それまでの俺の処世訓だった。
皮肉にもアルバイトを始めて、それが役に立つなんてな。
今は学校では滅多に見せない姿だけど、お金のためだと割り切って我慢する。

初めてのアルバイト。
初めての仕事。

昔の俺からすれば、自分に不利益の者に笑顔を振り撒くなんて有り得なかった。

嵯峨野を離れて一人暮らしを始めてから、ようやく人間らしくなってきている気はする。

考えてみれば物腰から動作、言葉遣いに至るまで何もかも、嵯峨野に縛られていたんだな。
早く出ればよかったと強く思うも、これからを思うと不安でもあるんだけど。

それでも、猫かぶりで傲慢でプライドが高い。
そんなセレブなイメージそのままだったあの頃を思えば、これで良かったんだと心から思う。


お昼のピークを迎えた店内はほぼ満席で、テイクアウトを促すトークで仕事を熟していく。

「いらっしゃ……」

あ。

その時、店内に入って来る一組のカップルに思わず声を詰まらせてしまった。



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