犬小屋の鍵、貸します。
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目の錯覚とお犬様


俺は犬が嫌いだ。
特に、無駄にキャンキャンうるさい小型犬は。

犬ってやつは自分より弱いと踏んだ人間にはそうやって攻撃してくるくせに、自分より強い人間や味方だと思った人間にはブンブンしっぽを振って懐いてくる。

早朝の体育館で見た光景が目の錯覚だったことに気付くのに、差ほど時間は要しなかった。

進級テストが終わった次の日。
偶然、校庭で彼、いや。
あいつを見つけた。

「…は?」

一瞬、見間違いかと何度も目を擦った。
あまりにも、あの日、あの時の表情とは掛け離れていたから。

だらし無く垂れ下がった目尻と間の抜けた顔。
眉毛がきりりと釣り上がっているのはどうやら元かららしく、それだけが幸いといえば幸いなんだろう。

長めの前髪は横に分けてカラーのピン止めで止めてあるし、制服の着崩しもひどい。
学年別に色分けされたネクタイが外してあるから学年もわからなかったが、一緒にいた長身の生徒に先輩と呼ばれていたから二年生なんだろうと察しはついた。

他の生徒より頭一つ分が飛び出した長身と体格を考えれば、あの時の彼に違いないのだけれど。


「…詐欺だ」

俺の一目惚れを返せ!

…違うな。
あの日、お前にときめいた、このピュアな気持ちをどうしてくれよう。

あの時、見せた真剣な表情(かお)。
そのままクールで少し俺様な性格だったら、俺のタイプ、そのものだったのに。
光の加減で茶髪に見えていると思っていた髪色も、正真正銘の茶髪だし。

こうなると、あの時は差ほど気にならなかった両耳を飾るピアスも気になってくる。
どうやらあいつは典型的なチャラ男のようで、同じように派手な連中に囲まれてヘラヘラ笑っていた。

一応は平凡を装っている俺。
あいつは、そんな俺が一番近付きたくないタイプだ。
出来上がった写真を現像して、全紙サイズのパネルにまで起こしたのに。


あの時、切り取った一瞬、一瞬、その全てが虚像で幻だったことにようやく気がついた。
よくよく考えてみればファインダー越しに見る光景の全てがそれで、現実との違いを思い知らされる。

だから俺は、写真を辞められないのかも知れない。
何度、親父にカメラを取り上げられても。

写真とは裸眼では見えない物や一瞬を切り出して、証拠として遺す行為。
その一瞬を見れば安心する。


俺が見た、感じたそれは偽物だとしても、少なくともそれが真実だったんだと夢想することができるから。



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