犬小屋の鍵、貸します。
何度も貴方に恋をする

(7/8)

え、うそ。なに。
俺、なんかやってもうた?

「す、すみません。俺が急にドアを開けてもたから」

ドアの向こう側、踊り場で出合い頭に出くわしたのはどうやら三年生で、慌てて腕を差し出した。

「いや、俺がドアの前に立ってたから悪……」「大丈夫ですか?」

顔色が悪いと続けながら、軽く腰が抜けたような彼の顔を覗き込む。
長い前髪で半分近く隠れているけど、どうやら眼鏡を掛けているようだ。

掴んだ腕が見た目より華奢で驚いた。ブレザーからにょっきり生えた手首から先、つまりは手も男にしては白すぎる。

一瞬、合った目は真っ直ぐこちらを見据えて、その涼しげな目許に胸が跳ねた。

「…ふっ」
「えっ」

彼の目の前にしゃがんだまま、ぐるぐる考えていたら軽く鼻で笑われる。

「いや、なんでもない。もう大丈夫だから」

ありがとうと続ける、その声や様子があまりにも印象的で、綺麗で、

「あの!」

思わず、ここから立ち去ろうとする彼を引き止めた。


ほんまに俺、何やってるんやろ。
なんちゅーか、このまま彼を帰してしもたらあかん気がして。

「…先輩。なんて名前?」
「へ?」

きっちり締めたネクタイの色で三年生だとわかったからそう聞いたら、

「…律」

一瞬の間があって、先輩はぽつりとそう言った。

「それ、名字?」
「いや。下の名前」
「名字は?」

ちょっと思うところがあって、そう聞いてみる。

「…別に言うほどのもんじゃねえよ」

そう切り返されて、俺は思わず目を見開いてしまった。
見た目に全く合わかったから。
眼鏡と前髪で顔を隠しているつもりなんだろうけど、この綺麗な人がそんな口調で喋るから。

それから、先輩が喋る言葉のイントネーション。
それは関西弁のものじゃなくて共通語のそれで、ますます核心に近くなる。

「あ、待って。律先輩、俺の名前はね……」「大地だろ」

本格的に行ってしまおうとする先輩を引き止めたら、思い掛ず、俺の名前を知っていた。

「なんで知ってるん?」

不思議に思って聞いてみたら、

「さあな」

そんな一言で片付けられた。

先輩、なんで俺の名前を知ってるんやろ。
しかも、下の名前とか。



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