犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

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時間は予鈴が鳴る30分前。
登校中の生徒もまだまばらで、俺は先を急いで何人かの生徒を追い越した。

教科書が詰まった膨らんだ鞄と大事な物が入ったケースを抱え、俯きがちに校門を抜ける。

これは、子供の頃に身につけた処世術だ。
嵯峨野の者だと悟られずに行動する時のための。

顔を半分隠す長い前髪と伊達眼鏡。
これは学校で目立たなくするためだ。

新しい学校の生徒たちは知らない。
俺が嵯峨野の人間であることを。
ならば尚更、気付かれないようにしなければ。

幸い、ここ大阪では大手の不動産会社もひしめき合っていることだし、目立たずにいれば平穏にやり過ごせるだろう。

卒業後の進路は決めてある。
大学に進学するつもりはないから、この高校では留年さえせずに無事に卒業できればそれでいい。
幸い、子供の頃から家庭教師に教わっていた俺は既に、国立の四大くらいなら軽々合格する実力もある。

だからこそ、この一年間は、勉強よりも好きなことをして過ごしたい。


渡り廊下から、なんとなく外を見遣った。
花が散って青葉が繁る桜の木が一本、若葉の間から漏れる木漏れ日の眩しさに目を細め、足早に体育館へと向かう。

今日もいるだろうか。彼は。
テスト期間の初日、なんとなく覗いた朝の体育館。

(――え)

ポーンと軽く弧を描いたボール。
的には当たらずに、直接、ゴールであるバスケットに吸い込まれた。

逆光で顔は見えなかったが、俺は無意識にケースから取り出したカメラを構え、夢中でシャッターを切った。

それが四日前の出来事で、今日はテスト最終日。
明日からはバスケットボール部全体の朝練が始まるだろう。
こうやって彼一人の姿をカメラに収められるのは今日が最後で、いやでも士気が上がる。

下級生だということはわかる。二年生だろうか。

真っすぐバスケットゴールを見つめる真剣な眼差し。
その強い眼差しに惹かれた。

流れる汗も気にせずに、跳ねたボールを追い掛ける。
ドリブルでボールを操りながらジグザグにバスケットゴールを目指す彼の目の前に、対戦相手が見えるような気がした。

その見えない相手の手からボールを守るように背中を向けて――、ゴール。


ファインダー越し。
小さな四角の瞬間、瞬間をシャッター音とともに切り取りながら、俺は恋に落ちた。



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