犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (45/50) いつもなら、あっという間に終了時間を迎えるアルバイト。 自分に与えられた仕事に集中すれば、時間の経過は驚くほど早い。 ただ、俺はまたもや思い出してしまっていた。わんこと彼女、二人仲良く来店した日のことを。 『大地、なんにする?』 『そうやなあ……、美空は?』 その身長差から雰囲気から、とにかくお似合いの二人だった。 彼女には敵わないと、その時、はっきり自覚したはずだ。 学校から程近いこともあって、うちの店は某高校の生徒や職員の御用達になっている。 それでも学校では目立たずひっそり行動しているからか、こうやってカウンターに立っていても、誰かに気付かれて声を掛けられることはない。 不意に、なんでこの街。 大阪に出て来たのかを思い出した。 俺には叶えなければいけない夢がある。 正直、ぬるま湯に浸かって生きてきた俺は、嵯峨野の家を出るだけにも苦労した。 「…きゃっ!」 どうやら、外は激しい雷雨に襲われているようで、一瞬、店内の照明が全て消えた。 すぐに復旧したけど、次の瞬間、再びガラガラと大きな雷鳴が轟いた。 この激しい雷雨は梅雨明けを予感させるもので、近いうちに梅雨は明けるだろう。 そうなると俺も変われるかも知れない。 「大丈夫ですか?」 「え、あっ。は、はいっ」 自然と笑顔が漏れた。 提供価格0円の営業スマイルとは違う自然な笑顔が。 もう大丈夫。俺はちゃんと笑えてる。 「ご注文は、いかがなさいますか?」 「あっ、はい。そうですね……」 何もなかったかのようにマニュアル通りに仕事をこなしながらも、何かが俺の中で変わったのを感じていた。 目の前の女子高生の頬が悪戯に赤い。 何かが吹っ切れたそれからは時間の経過が驚くほどに早く、あっという間に俺に与えられた仕事の終業時間を迎えた。 prev|next 45/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |