犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

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だけど、本当にそれでいいのか自問する俺がいるのも事実で、気配を消して息を殺した教室を抜け出し、あの屋上を知ってしまった。
鈍色の向こうの澄み渡る青を見てしまった今はただ、あの空に思いを馳せる。

けれど、目に入って来るのは色を無くしたモノクロームの無機質なもので、今更ながらになくしたものの大きさを実感していた。

定時に学校の最寄駅に着き、人波に押されながら電車を降りる。
いつもより少ない荷物も傘が一本加わることで、差ほど変わらないことに気付いた。

使用目的のなくなったカメラは置いてきた。
いつもポケットに仕舞っているデジカメも。
今はもう、俺の視界を遮るものは分厚いレンズの伊達眼鏡だけで、そう考えれば、なぜだかいたたまれない気持ちになる。

駅の構内を出て再び傘を差し、重い足取りで学校へ向かって歩き始めた。



結局、雨は一日降り続き、特に昼休みの時間帯は雷雨を伴った土砂降りの雨だった。
教室の隅の自分の席でコンビニで買った惣菜と即席のご飯を詰め込んだ弁当を掻き込み、食べ終えてからは、もう何度も読み直した文庫本の活字をただ、目で追った。

今頃、わんこは踊り場で俺を待っていてくれるのだろうか。
その思いは、彼女の存在に掻き消されてしまう。

そもそも米倉が俺に本気で会いたいと思っているなら、初めて会話した時のように、俺が迷惑だと言ったとしても、教室にまで会いに来るはずだ。
押しかけて来ないということは、俺が急に屋上に行かなくなったことも、黙って犬小屋を出たことも、全く気にしていないということだ。


その日はいつも以上に、時間の経つのが遅く感じた。
おまけに特に何も変わったことはなく、放課後、とっとと帰宅準備を済ませてバイト先へと向かう。

俺のアルバイト先は全国展開のとあるファストフード店で、面接に行く時、マンションの近くの店にするか学校の近くの店にするかで少し悩んだ。
結局、放課後すぐに向かえるように学校のすぐ近くの店でアルバイトを始めて現在に至る。

まだ降り続く雨の中、裏口から店に入った俺は、

「おはようございます」

夕方なのにそんな挨拶を済ませ、

「九十九さん。代わります」

朝番の主婦のパートさんに代わって、カウンターに立った。



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