犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (43/50) ――翌朝。 ここ数日、降り続いている雨の音で、俺は珍しく目覚まし時計が鳴り始める前に目覚めた。 きっと、眠りといってもごく浅いもので、ほんの一瞬、うつらうつらとしただけだったからだろう。 「…起き、なきゃ」 いつもより雨音が大きくはっきり聞こえるのは、今日の雨が土砂降りの雨だからだろうか。 今日も鈍痛がする重い頭をなんとか持ち上げて、俺は少しだけ勢いをつけて身を起こした。 7月に入った初日。 例年並みなら、まだ梅雨明けに十日ばかりあることを思えば、この雨は長かった梅雨の終わりを告げるものなのかも知れない。 時折、遠くの雷鳴が微かに混じる雨音を聞きながら、ベッドから這い出して、制服に手を伸ばす。 正直、学校に行くのは気が重かった。 米倉が教室に来ることはないとは言えど、米倉と顔を合わせる可能性があるのは学校ぐらいだからだ。 会いたいのに会えないジレンマに苛まれる。 だからといってこれ以上はサボるわけにはいかず、開き直りにも似た決意をもって身を奮い立たせる。 身支度とトーストと牛乳だけの簡単な朝食を済ませ、いつものように家を出た。 土砂降りの激しい雨音を傘越しに、頭上に聞きながら。 今日も米倉は、あの場所にいるんだろうか。 米倉の顔を見なくなって、もう一週間以上になる。 『律先輩、屋上で待ってるから』 米倉がそう、にへら笑ったような気がした。 屋上へと続く踊り場へ足を運べば、必ず米倉に会える。 確証はないけど、そんな気がした。 言い換えればそこでしかもう、米倉には会うことができなかった。 廊下や校庭なんかで擦れ違う偶然は別にして。 あとは、部活の時間にカメラを構え、こっそりと隠し撮りはできる。 ただ、その表情はファインダー越しのそれでしかなくて、俺だけが知ってる表情(かお)じゃない。 足元を雨に濡れた傘や水溜まりで跳ね上げた水しぶきで汚し、いつものように電車に揺られる一時間。 車窓に広がる鈍色の空を眺めて、ここ数日ですっかり癖になってしまった溜め息をつく。 今日も一日、誰とも口を利かない一日が始まる。 アルバイト先での会話は別にして。眼鏡と前髪で自分を隠し、気配もしっかり消してしまおう。 そうすることで平穏な一日が過ごせるし、今の自分はそれを強く望んでいる。 prev|next 43/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |