犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

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(…あーあ。やっぱり本気で好きなんだ)

まるで人ごとのように、そんなことを思いながら唇を噛み締める。
自分のにおいしかしなくなった部屋に少なからず淋しさを覚えながら、腹の虫に押されるように、ベッドから起き上がってキッチンへと向かう。

米倉の部屋は微かに甘い香りがした。
おそらくは暇さえあれば焼いていた、クッキーやプリンなんかの焼き菓子のせいで。

今はまだ写真の現像液のにおいもしない無臭に近い部屋で俺は、自分のためだけに夕食を準備する。


不思議なもので、自分だけしか食べる者がいないと手抜きになってしまうみたいだ。
ちゃんと料理をするのは、喜んで食べてくれる誰かがいて、その人に喜んでもらいたくてするからなんだろう。

コンビニで買った湯煎するだけの一人分のご飯と惣菜だけの夕食を食べ終えて、再び自屋に戻った。



「…………」

物音一つしない静か過ぎる部屋。
こんな時、自分が何をしていたのか、たった数週間の間に忘れてしまった。

わんこと一緒に暮らしていた時は、夕食の後は取り留めのないことを話して、それからそれぞれに入浴して就寝していた。
思い掛けず、生活の小さなところまで米倉の存在が影響している。

思えば一人暮らしをしたのも初めてだけど、誰かと暮らしたのも初めての経験だった。

米倉は部活、俺はアルバイトで一緒にいる時間は短かった。
それでも二人でいる時間は酷く幸せで、今考えれば掛け替えのないものだったのに。


「やっちまったか……」

俺としたことが、少し、……いや。
少しどころじゃなく早まってしまったかも。

米倉に彼女がいるらしいことも知っていたんだし、米倉が彼女と暮らしていたことを知ってしまったとしても、俺がどうこう言える立場でもなんでもなかった。

あのまま、気にせずにあの部屋にいれば、今でも米倉の側にいられたのに。
息苦しいと思うなら、そうならないための空想力を装備したフィルターを掛けて、ファインダー越しに米倉を見ればいいだけのことだった。


俺がどんなに頑張っても、彼女には勝てるはずがないのはわかり切ったことだったのに。
一通りの課題やカメラのメンテナンスを終えて布団に入るも、今夜も眠れそうになかった。



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