犬小屋の鍵、貸します。
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その夜。いつもより少しだけ早く、息を切らしながら帰って来た米倉と少しだけ豪華な晩飯を食い。
米倉はいつものように、部活のことや今日あったことを面白おかしく話していたけど、その内容の半分も頭には入って来なかった。

俺がここに越して来る以前は、彼女がこの場所に座っていたんだろう。
米倉のために晩飯を用意して、こうやって向き合って、笑い合って。

「…でね、先輩……、って聞いとる?」

そう考えれば考えるほど、共同スペースに彼女の影がちらつく。

「あ、うん」

ちょっとしたリビングに置かれた二人掛けのソファー。
朝、通学する時も仲良く肩を並べて玄関のドアを開けていたんだろうか。

「…ごちそうさま。ちょっと気分悪いから先寝るわ」

後片付けしといてと言い残してこもった自室。
このベッドもデスクも彼女が使っていたんだと思うと、その夜はなかなか寝付けなかった。

俺が引っ越してきた当初。
シーツを剥いだ状態だったそれは、彼女が持って出て行ったから?
それとも、女物のそれで彼女と暮らしていたと事実を隠すためなんだろうか。

どっちにしろ、もうここには居たくなかった。
米倉と暮らし始めて、まだ数週間も経っていないと言うのに。

別に米倉が誰と住んでいたかなんて俺には関係ないのに、そう考え始めたら最後、どうしようもなくなった。


考え始めたら収集が効かなくなる、俺の悪い癖。
降り続く雨がそれに拍車を掛ける。
結局、彼女が来たことも伝えられなかったばかりか、以前、一緒に住んでいたのは誰だったかさえ聞けないままだ。

思えば、心に蓋をしてきた自分が悪い。
自分のことはほとんど喋ってないのに、米倉のことを聞けるはずがない。

悪循環のように不吉な憶測だけが増えて、少しだけ米倉に開いていた心がまた閉じてしまった。



次の日は土曜日で、バイトは一日休みだった。
日曜日は朝から夜の10時までのシフトを入れてある。

土曜日は部屋に引きこもってやり過ごし、日曜日はアルバイトに明け暮れて、無意識に米倉を避けてしまった。

「…律先輩?」
「ん。もう寝るわ」

心配そうな米倉の表情(かお)も気になるけど、それより彼女の幻影が脳裏に張り付いて剥がれない。



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