犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

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つまりは目の前の女の子は米倉の彼女だということに外ならなくて、思わず言葉を失ってしまった。
この部屋を出て行ったのは米倉と別れたからなのかも知れないが、それより何より、やはりこの(美空という名前だっけか)女の子が米倉の彼女だったという事実の方が胸に突き刺さる。

くるりと踵を返して歩いていく彼女。
その歩き方が米倉と同じ、頭を上下させてぴょこぴょこ歩く歩き方だったからまた、胸が痛んだ。

米倉が大型犬だとしたら、彼女は小さくて愛くるしい小型犬。
気まぐれであまのじゃく。
しかもオス猫の俺より、ノンケの米倉には、可愛い彼女の方がいいに決まってる。

思えば米倉に迫られたこともないし、彼女と別れただとかの恋愛話もしなかった。


ことことと二時間近く煮込んだ鍋が鳴っている。
とろとろにとろけるホワイトシチュー。
少し甘めになるように、クリームコーンや牛乳、生クリームもたっぷり入れてある。

わんこのために用意したそれがまた、自分の滑稽さを際立たせる。



……なんだ。
やっぱり俺ってピエロじゃん。

鍋の火を止め、キッチンテーブルを見遣った。
わんこのマグカップのとなり。
この部屋に越して来てから使っていた俺のマグカップが消えてしまった。

つか、違うな。
もともとは俺のマグカップじゃなかったし、間借りしてたのは俺の方で、本当の持ち主の手に戻っただけだ。


なんとも言えない喪失感。
俺、どうしたらいいんだろ。

とにかく、彼女がマグカップを取りに来たことを米倉に伝えて、米倉に彼女が誰なのか、もう別れたのか、まだ付き合ってるのか。
俺が知らないことを米倉に、全部聞いて。

――ああ、くそっ。
聞きもしない自分のことを散々べらべら喋っといて、肝心なことを秘密にしてるとか、どんだけなんだよ。

そこで不意に気がついた。
恋バナをわざと避けて来たのは米倉じゃなく、俺の方だ。

こんな思いをするくらいなら、こんなになる前に。
こんなに米倉を好きになる前に、ちゃんと真実を聞いておけばよかった。



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