犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

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よくよく考えてみれば、誰かが米倉と一緒に暮らしていた一室に、その誰かの代わりに自分が移り住むことになる。
その誰かが誰だったかなんて、その時の俺は少しも考えてはいなかった。

新居もそれまで暮らしていたマンションと同じ、家具、家電付きのマンスリーマンションで、身の回りの荷物を纏めただけの引越しも簡単に済んだ。


そろそろ梅雨も中盤を過ぎ、本格的な夏がやって来る7月も目前に迫った頃だった。
荷物を運び終えて片付けもすっかり済んだ時、俺の部屋に米倉がひょっこり顔を出した。

「律先輩、キッチンとかも遠慮せんと使ってくださいね」

そう言って案内してくれたキッチンには大きなオーブンがあって、菓子作りが趣味の米倉らしいと思う。
そこにあるのは米倉が使い慣らしたであろう調理器具ばかりで、なるほど、なかなか使い勝手も良さそうだ。

(――え)

その時、ふと目に入った食器に一瞬、動きが止まった。



「米倉、これ」
「ああ。うちの相方、食器類とかは置いてったみたいやから、よかったら使って」

一瞬、新しく買い揃えてくれたのかとも思ったが、それにしては少し可愛すぎる。
食べ盛りでまだまだ育ち盛りのわんこの食器が大きいのもあるのだろうが、それにしては、もう一組の食器類は普通よりも小さいような気がする。

色めも米倉の淡いブルーを基調としたそれと対(つい)になるように、淡いピンクで統一されていた。
別に個人的な趣味に異論を唱えるつもりはないが、なんとも嫌な予感がする。

そう考えれば考えるほど、共同スペースのあちらこちらに、その片鱗が見えだした。



今年の梅雨明けは平年並みだと正式に発表された。
一緒に暮らし始めた俺たちがどう変わったかといってもそんなことは全くなく、相変わらず、昼休みは屋上で落ち合っている。

屋上に出られる日は相変わらずごく稀(まれ)で、屋上の手前。
階段の一番上の段。
踊り場に腰を下ろして弁当を広げる。

「先輩、べーグル食う?」
「さんきゅ」

基本的に晩飯は俺が担当しているけど、昼食の弁当はそれぞれが用意していた。
米倉は相変わらずパンやパンケーキの甘ったるいもので、俺はべーグルを受け取りながら少し笑った。



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