犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (34/50) こうして二人で過ごす昼休みが当たり前になり、俺は米倉を以前にも増して身近に感じている。 警戒レベルはほとんどゼロに近いくらいに減ってしまったし、米倉といると、恋愛感情とはまた違う気持ちで胸が暖かくなってくる。 米倉は手にした紙袋からチョココルネを取り出した。 最近はパン作りに凝っていると言ってたから、それも手作りなんだろう。 いつものように購買で買ったであろうパック入り牛乳を取り出して、米倉は大口を開け、おもむろにそれにかじりついた。 (――はむっ) その瞬間を狙い、米倉にカメラを向ける。 「え」 油断したわんこはなんとも間抜けな表情(かお)をして、その一瞬もきっちりカメラに納めた。 「ちょ、先輩。やめて」 「ぶっ」 おたおたと慌てふためくわんこの動作を連写で切り取るシャッター音が、カシャカシャと小気味よい。 「もう。律先輩、ええ加減に……、わ、わわっ」 「え、おい。ちょ……、ってえ」 次の瞬間、カメラを奪おうとしてバランスを崩したわんこが、俺の上に落ちてきた。 「あ」 久しぶりに受信した危険信号。 少し身を起こせば、唇が触れそうな至近距離にわんこの顔がある。 基本的にファインダーを覗く時は、邪魔になる眼鏡は外している。 困り果てたような間抜けな表情(かお)が一瞬消えた。 「…先輩、いける?」 思わず息を飲んだ俺に手を伸ばして、わんこがいつもの笑顔を見せた。 …危なかった。いろいろと。 米倉が冷静に対応してくれなければ、俺から行動を起こすところだった。 「律先輩、飯は?」 「ん、ああ」 慌てて倒れた時に死守したカメラを脇に置き、弁当箱に手を伸ばす。 気まずい雰囲気をなんとか払拭しようと考えを巡らせていると、 「…ねえ、先輩。犬小屋の鍵、いりません?」 いつもの顔に戻った米倉は急に、そんな訳のわからないことを言い出した。 prev|next 34/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |