犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (32/50) そうこうしてる間に雨がぽつぽつ降り始め、俺たちは踊り場へと避難した。 ちょっとした沈黙の後、 「ねえ、律先輩。さっき撮ったスナップ写真、見して」 わんこが好奇心いっぱいの目を輝かせながら、被写体として当然だという風に、そう言ってくる。 パタパタと振られるしっぽ。 はっはっ、と少し荒い息遣い。 それらは当然、幻覚と幻聴だけど、一瞬、そんな場面が脳裏に浮かんで頬を緩めた。 「ほら」 俺からデジカメを譲り受けた米倉はまた好奇に満ちた目で、さっき撮ったスナップのプレビュー画面に見入る。 「俺……」 「ん?」 「先輩の前で、こんな表情(かお)で笑ってるんや」 へへへと照れ臭そうに笑いながら、今度は米倉がだらしなく頬を緩めた。 「――――っっ」 「ん、律先輩。どうしたん?」 ――やばい。可愛すぎる。 2メートル近い図体をしてるくせに、そんな米倉がとてつもなく可愛く見えてくる。 そもそも俺は犬は苦手で、どちらかと言えばクールで気まぐれな猫の方が好きだったはずだ。 なのに、まるでゴールデンレトリバーだとかラブラドールレトリバーだとかの大型犬のような米倉に、不覚にもちょっとだけ萌えてしまった。 「…その表情(かお)、反則だっつの」 「え?」 なんでもないよと顔を反らしたら、 「…先輩?」 小首を傾げたわんこの顔が俺の顔を覗き込んでくる。 「…先輩。顔、まっか」 「うるせえよ」 その顔からも逃げようと立ち上がろうとしたら、 「先輩、かわいい」 「わっ!」 そう言いながら、真正面からぎゅっと抱きしめられた。 「こ、こら。離せ」 「や」 なっ、「や」って! やばい。やばい。やばい。 マジで可愛すぎだっつの。 母性本能がくすぐられる感じ。 ぎゅっと抱き着いてくるでっかいわんこの頭を、ぐしゃぐしゃに撫で回してやりたい衝動に駆られる。 今の状態はわんこに抱きしめられてる状態で、だけど、俺の中ではわんこに抱き着かれている状態。 どうしよう。 ここに来てはっきり自覚してしまった。 俺にぎゅっと抱き着いて、俺の髪をすんすんと鼻を鳴らして嗅ぐ目の前のわんこのことが。 自分が思っている以上に好きらしい。 prev|next 32/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |