犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (29/50) 普段はポケットにデジカメを忍ばせて、ちょっとしたシーンや風景をこっそり切り取っている。 最近の放課後は一眼レフを持ち出して、体育館下の空気孔である小さな窓から隠し撮りをしていたり。 練習中もチームメイトと馬鹿話をしているのか、だらしなくへらへらと笑っている米倉。 なのに、一度(ひとたび)ボールを手にすると、まるで別人のように目つきが変わる。 矢を射るような真剣な眼差し。 米倉の手を離れたボールは軽く弧を描いて、そのままバスケットの中に吸い込まれた。 そうこうしているうちに予鈴が鳴り、俺ははたと目を覚ました。 わんこの方を見遣れば、間抜けな顔をこちらに向け、気持ち良さそうに熟睡している。 「こら、わんこ。起きろ」 授業に遅れるぞと揺り起こせば、 「…ん。おかん。もうちょっと」 そんな可愛い寝言に吹き出した。 『俺だけしか知らん先輩の秘密、もっと俺に教えてください』 そう、ワンコに言われた日。 その日を境に俺は少しずつ、自分のことも話すようになった。 東京から写真の勉強のために単身、大阪にやって来たこと。 その理由は家の呪縛から逃れるためじゃなく、有名な写真の専門学校に進学するためだとごまかしたけど。 それは実際にあるし、卒業後はそこへ進学する予定だ。 一人暮らしとアルバイトをしながら自活してること。 夢を追ってること。 結局、米倉に秘密にしていることは、嵯峨野の人間であることと父親に勘当されたこと、バイト先の詳しい情報ぐらいになった。 あ。 それとちょっと特殊な性癖もそうか。 饒舌にべらべら喋るわんこのお蔭で、わんこのこともだいたいわかるようになるようになった。 唯一、今でも聞けないし、わんこも口にしていないのが彼女の存在だ。 あんなに可愛い彼女がいるのに、彼女の話は全く出ない。 米倉の口から出る女子の話題は二人いるお姉さんの話ぐらいで、そういえば二人で恋バナもしたことがない。 俺の過去の恋愛も聞かれないし、まあ、それは俺にとっては幸いだったけど。 俺にとっての恋愛から同性愛は切り離せなくて、本当のことを言おうとすれば、自分が同性愛者であることをカミングアウトしないといけない。 prev|next 29/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |