犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (26/50) 「な、で……」 (なんでこんなとこにいるんだよ) それは声にはならなかった。 「…ん、律せんぱ?」 米倉の声にびくりと反応してしまい、踵を返した瞬間、 「ちょお、待って!」 米倉に腕を引かれた。 (――ぽふっ) そして再び米倉の腕の中。 今から一週間くらい前。 屋上で寝ぼけた米倉の胸にダイブした時以来だ。 「……ん」「ちょ。おい、こら」 あの時のわんこは寝ぼけていたから、そのまま、俺に抱き着いたままにさせておいた。 けど、今、目の前にいるワンコは寝ぼけたふりをしているけど、さっきはっきり俺を呼び止めたよな。 だったらわんこに抱き着かれたまま、大人しくしてる義理はない。 腕から逃れようとした瞬間、 「…ばっ」 やけに熱い手が制服のシャツを捲くり上げて、中に入って来た。 「…あっ」 ゆるりと腹筋辺りを撫で摩(さす)るから、思わずヘンな声が出ちゃったじゃないか。 こ、この……、 「いい加減にしろっ、この駄犬!」 「わ、先輩。ごめんっ、ちょ……、痛いって!」 その手が不意に脇腹辺りをくすぐってきたから、俺は思わず反撃してしまった。 「律先輩、ごめんって。もうせえへんから」 「…………」 屋上でわんこと落ち合っているうち、いつしかふざけてくすぐってくるようになったわんこ。 脇腹が弱点だと見抜かれた日、俺の上に馬乗りになった米倉に、ひーひーと涙を流して笑い転げるまで執拗にくすぐられたのだ。 米倉いわく、普段、表情を変えない俺が感情をあらわにするのが楽しいらしい。 「…怒っとる?」 「――っ!」 ああ、くそっ。 その目は反則だっつの。 怖ず怖ずと床にへたれているわんこが上目使いに見上げてきた。 しょぼんと垂れた耳と縮まったしっぽが目に見えるようで、思わず溜め息を一つ。 「…なんでいるんだよ」 「んと、会いたかったから?」 「―――っっ」 つか、なんで疑問詞? ちなみに、それも反則だから。 俺はクールで無口な男が好みだったはずなのに。 いつしか、こんなにも駄犬にほだされている。 prev|next 26/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |