犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

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そんな思いとは裏腹に、その不審侵入者の存在を心地良く思う俺もいて。

「律先輩、寝てもうた?」

そいつはそう言うと、俺の前髪をそっと掻き上げた。
顔を見られて一瞬、しまったと思うも体の自由は効かない。
夢か現(うつつ)かも曖昧ななかで、誰かが俺の眼鏡をそろりと外す。

「やっぱり……」

関西特有の癖のあるイントネーションで何かを言ってるけど、その声はもう、耳には入って来なかった。
何度も優しく髪を撫でる大きな手が、なんとも気持ちいい。

どうしても目立ってしまうことを自覚しているから、長い前髪と伊達眼鏡で顔を隠した。
その素顔を見られたのはこちらに来てからは初めてだけど、こいつにならいいかと半ば投げやりながらこそばゆい気持ちになる。


だけど、

心が警笛を鳴らしている。
赤い危険信号が点滅している。
これ以上、近付くな。
俺の領域に入って来るな。

残念ながら俺には、あんな可愛い彼女に勝てる自信がない。

俺はこんな性格のくせに、二番目は無理だから。
唯一無二の存在でしか、相手のことは愛せない。

カメラのファインダーは外したものの、未だに縋っているのは度数の入っていない眼鏡のレンズ。
裸眼で米倉を見る勇気はなかった。
このファインダーの代わりの眼鏡を外せばきっと、心の中から沸き上がる甘い疼きに暴走してしまう。

「…………」

俺がまどろみから戻れないのをいいことに、わんこは何かを口にしながら俺の額に口づけた。
ちゅ、と小さく音のするそれが気恥ずかしくて、甘く疼いて。

だけど、わんこの気持ちが読めなくて、くすぐったさにただ身をよじる。


いつの間にか俺はワンコの膝を枕に、わんこの腕の中にいた。
いつもの浅い眠りは半分意識があるようでないようで、まるで真綿に包まれているようだ。

穏やかな胸の鼓動。
恋の病にありがちな息切れや動悸、目眩(めまい)の類(たぐい)も見られない。


だからか俺は油断してしまった。
この気持ちが立派な恋であることに気付かないまま、気持ちに蓋をしてしまったのだ。

甘怠い香りに意識が揺らいだ。



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