犬小屋の鍵、貸します。
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どうやら俺は、わんこに懐かれてしまったらしい。
へらへらとだらし無い笑顔を安売りする、でっかいわんこに。

「え。屋上でしか話し掛けたらあかんの?」

不服そうにぶうたれる米倉に、昼休みに屋上で会うことを条件に、屋上以外で俺に声を掛けないことを約束させた。


それにしても、なんで俺になんか構うんだろう。このわんこは。
はっきり言って共通の話題もないし、米倉が俺なんかに構う理由が見つからない。

馬鹿でかい図体はそれだけで目立つし、そんな米倉の隣にいれば、それだけで目立ってしまう。
できれば平穏無事に高校生活を終えたい俺は、できるだけ目立たずに過ごしたい。

「まあええか。気持ちいいし」

そう笑ったわんこは軽く伸び上がり、両手を空へかざした。



あの日の雨が嘘のように晴れ渡り、雲一つない青空が目の前に広がっている。
五月も下旬に差し掛かり、もうすっかり初夏のような陽射しに米倉は制服のジャケットを脱いだ。

「じゃあな」
「えっ、先輩。ちょっと待って」

特に話すこともないと踵(きびす)を返すと、米倉に腕を引かれる。

「…なんだよ」
「いや。別になんやっちゅーわけやないんですけど……」

わたわたと慌てた後、

「律先輩。一目惚れって信じます?」
「……は?」

目の前のおバカなわんこは可愛い彼女がいるくせに、そんな訳のわからないことを言い出した。



考えてみれば、誰かとこんなに長く話したのは、この学校へ来てから初めてかも知れない。
先生からの伝達なんかでクラスメートと話すことはあったが、自分から誰かに話し掛けることもないし、話し掛けられることもなかった。

この日は眼鏡を掛け忘れたせいで、一日、顔も上げられなかった。
長めの前髪が顔を隠し、恐らくは誰も、俺の表情も何もわからなかっただろうけど。

とにかく騒がれたくないし、この一年を平穏にやり過ごしたかった。
前の学校では半ば無理矢理生徒会長なんてものをやらされていたし、嵯峨野の名前を知らないものもいなかったのだ。

これじゃ、わざわざ東京を出て、大阪にまで出て来た意味がない。
あちらでは嵯峨野の名前を知らないやつはいなかったけど、こちらは地方色が強く、嵯峨野もまだ無名に近い。


何はともあれ、その日から俺と米倉は、昼休みに屋上で落ち合うようになった。



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