犬小屋の鍵、貸します。
犬小屋の鍵、貸します。

(18/50)

「すみません、遅れました!」
「お。どうした、嵯峨野。珍しいな」

結局、その夜は自分でもびっくりするくらい熟睡してしまい、翌朝。
目覚めたのは一時限目が始まる時間だった。

慌てて身支度を整えて家を出る。
電車に飛び乗ったが、結局、一時限目には間に合わなかった。

慌てて教室に飛び込んだのは、二時限目の授業中だった。

「あ」

しまった。
眼鏡を忘れてきてしまった。
もともと、顔を隠す意味とファインダーのような役割でしかない伊達眼鏡。
誰もこちらを見てはいないけど、慌てて俯(うつむ)き、席に着いた。


そもそも東京からの転入生ってことで、最初から遠巻きに見られていた。
それから三年生からの転入生、しかも訳ありらしいと噂になってからは、誰も俺には近づいて来ない。

転入初日こそ女子が東京からの転入生だと騒いでいたようだが、眼鏡を掛けた地味な男だとわかった途端、クラスの空気のような存在になった。
そのお陰で、正体を知られずにいられるのだけれど。

昼休み。
学食に行こうと席を立った瞬間、

「あ。おった!」

不吉な声がした。



「あれ、律先輩。眼鏡……」「ばっ、こっち来い」

2メートル近い図体にチャラい見た目。
一瞬、みんながわんこに注目する。
俺の名前を呼びながら教室に入って来ようとする米倉の腕を引いて、教室を出た。

「先輩、屋上に来おへんから」

三年生の教室を一つ一つ探しましたよと笑いながら、腕を引かれるままにひょこひょこ着いてくるわんこ。
長身もだけど、歩くたびに頭がひょこひょこと上下する独特な歩き方は、無駄に目立って仕方ない。

「よお考えたら名字も聞いてへんかったし、めっちゃ焦って」

へらへら笑った米倉のお喋りは、全く止まりそうもない。
廊下で擦れ違う生徒にじろじろ見られて冷や冷やしながら、久しぶりの階段を上った。


軽い貧血で倒れた踊り場の向こう。重い扉を押し開けようとしたら、米倉が俺の手の上から扉を押した。
あの日には見られなかった眩しい陽射しに目を細めて、青い空を仰ぐ。

「なんか用?」

やけに騒がしい鼓動を必死で抑え、ぶっきらぼうを装いながらそう聞くと、

「律先輩に会いたかったから」

太陽を背負ったわんこが笑った。



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