犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (14/50) 甘い接触 一人暮らしの不摂生が祟ったんだろう。 何が劇的に変わったのかというと食生活が一番で、ここ最近の慌ただしさのなか、俺は自炊もしなくなっていた。 そんななか、連日のコンビニ弁当やファストフードが体に合わなかったのかも知れない。 高級食材を使った料理に慣れ親しんでいるからか、それらのジャンクフードも俺には珍味で、ある意味、ご馳走に思えた。 それでも栄養面で考えれば急激に栄養価も落ちただろうし、おまけに昨日の寝不足も祟ったんだろう。 「す、すみません。俺が急にドアを開けてもたから」 雨が降り出した屋上。 屋上へ続く階段の踊り場での出来事。 急にドアを開けられたことで俺は、思わず軽く腰が抜けてしまった。 「いや、俺がドアの前に立ってたから悪……」「大丈夫ですか?」 顔色が悪いと言いながら、わんこに顔を覗き込まれる。 一瞬、目が合って、慌てて俯いて眼鏡をきちんと掛け直した。 壁にもたれてへたり込んだ俺の前にしゃがみ込んでいるわんこ。 小首を傾げて心配げな表情(かお)をしているその姿は、某音楽メーカーのマスコットキャラクターのビーグル犬そのものだ。 「…ふっ」 「えっ」 思わず笑ってしまった。 その、でかい図体に似合わない可愛い仕種に。 「いや、なんでもない。もう大丈夫だから」 ありがとうを言ってその場を立ち去ろうとしたけど、 「あの!」 腕を強く引かれた。 その力が思いのほか強くて、やっぱりスポーツマンだなあなんて、のんきに思う。 「先輩。なんて名前?」 「へ?」 先輩と呼ばれたということは、やっぱり後輩なんだろう。 おそらくわんこはネクタイの色で、俺が三年生だと知って。 「…律」 一瞬考えて、下の名前を言った。 「それ、名字?」 「いや。下の名前」 「名字は?」 そう聞かれたけど、それは適当にごまかした。 嵯峨野の名前はあまり好きじゃないし、心が危険信号を受信している気がして。 もうこれ以上、彼に近づいてはいけない。 もうすぐ、一年もしないうちに俺は卒業する身だ。 この学校での思い出はいらない。 後々、後ろ髪を引かれるだけだ。 しばらくそうしているとだいぶ落ち着いてきて、俺は重い腰を上げた。 prev|next 14/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |