犬小屋の鍵、貸します。
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甘い接触


一人暮らしの不摂生が祟ったんだろう。
何が劇的に変わったのかというと食生活が一番で、ここ最近の慌ただしさのなか、俺は自炊もしなくなっていた。

そんななか、連日のコンビニ弁当やファストフードが体に合わなかったのかも知れない。

高級食材を使った料理に慣れ親しんでいるからか、それらのジャンクフードも俺には珍味で、ある意味、ご馳走に思えた。
それでも栄養面で考えれば急激に栄養価も落ちただろうし、おまけに昨日の寝不足も祟ったんだろう。

「す、すみません。俺が急にドアを開けてもたから」

雨が降り出した屋上。
屋上へ続く階段の踊り場での出来事。
急にドアを開けられたことで俺は、思わず軽く腰が抜けてしまった。


「いや、俺がドアの前に立ってたから悪……」「大丈夫ですか?」

顔色が悪いと言いながら、わんこに顔を覗き込まれる。
一瞬、目が合って、慌てて俯いて眼鏡をきちんと掛け直した。

壁にもたれてへたり込んだ俺の前にしゃがみ込んでいるわんこ。
小首を傾げて心配げな表情(かお)をしているその姿は、某音楽メーカーのマスコットキャラクターのビーグル犬そのものだ。

「…ふっ」
「えっ」

思わず笑ってしまった。
その、でかい図体に似合わない可愛い仕種に。

「いや、なんでもない。もう大丈夫だから」

ありがとうを言ってその場を立ち去ろうとしたけど、

「あの!」

腕を強く引かれた。


その力が思いのほか強くて、やっぱりスポーツマンだなあなんて、のんきに思う。

「先輩。なんて名前?」
「へ?」

先輩と呼ばれたということは、やっぱり後輩なんだろう。
おそらくわんこはネクタイの色で、俺が三年生だと知って。

「…律」

一瞬考えて、下の名前を言った。

「それ、名字?」
「いや。下の名前」

「名字は?」

そう聞かれたけど、それは適当にごまかした。
嵯峨野の名前はあまり好きじゃないし、心が危険信号を受信している気がして。

もうこれ以上、彼に近づいてはいけない。
もうすぐ、一年もしないうちに俺は卒業する身だ。

この学校での思い出はいらない。
後々、後ろ髪を引かれるだけだ。

しばらくそうしているとだいぶ落ち着いてきて、俺は重い腰を上げた。



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