犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (13/50) やばっ。なんとも気まずい場面に遭遇してしまった。 「先輩のこと、好きなんです」 今にも消え入りそうなか細い声に続き、 「ごめん。俺、好きな子おるから」 いかにもすまなさそうな、それでもきっぱりと言い切った一言。 あれ、この声って……。 …あちゃー。やっぱり。 昇降口の壁に隠れた向こう側、フェンスの前に一組の男女。 150センチ後半くらいのごく平均的な身長の女子と向かい合うのは、2メートル近い大男。 どうやら、わんこが一年生らしき女子に告られているらしい。 「ごめん!」 「あっ、あの。いいんです。謝らんといてください。うちが勝手に好きなだけやから……」 その子は健気にもそう言うと、 「好きって伝えたかっただけですから。先輩の恋。うち、応援してます」 目の下に溜まった涙を人差し指で軽く拭い、その瞬間に自分に出来るであろう精一杯の笑顔を見せた。 一瞬の静寂を破るかのように、次の瞬間、大粒の雨が降り始める。 女の子って、強い。 好きって自分の想いを伝えるだけでよくて、その上、その好きなやつの恋を応援できるって。 そんなの、俺には考えられない。 一目惚れしたことをなかったことにしようとか、自分の想いも勘違いだと気のせいにしようとした俺。 そんな俺のことを嘲笑うかのように、本格的に雨が降り始めた。 好きという気持ちから現実逃避した俺と、真っ向からしっかり向き合った彼女。 彼女は気丈に笑うも、しっかりと噛み締めている唇が僅かに震えている。 わんこにぺこりと一礼すると、彼女はくるりと踵を返した。 俺は慌てて踊り場に駆け込んだけど、俺が階段を駆け降りるより、彼女がドアを開けた方が少しだけ早かった。 「ごめんなさい」 踊り場に引き返したものの、どこかに隠れる暇もないうちに彼女が俺の横を擦り抜け、階段を下りていく。 すぐにわんこもこちらに来るはずで、逃げたかったけど階段は下りられなかった。 階段を下りる小さな背中が泣いていていたから、後を追うことようなことは出来なかった。 本当に間抜けなことに、妙な場面に出くわしてしまった。 どこにも隠れる場所はなくて、覚悟を決める。 「あ」 (…え?) わんこがドアを開けた瞬間、軽く地面が反転した。 え、え、なんだこれ。 一瞬、世界がぐるりと回る。 ひょっとしてこれ、 立ちくらみってやつ? 「え、あ、…ちょっ!」 情けないことに俺は、わんこの腕に捕まったまま、ずるずると地べたにへたれ込んだ。 prev|next 13/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |