犬小屋の鍵、貸します。
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やばっ。なんとも気まずい場面に遭遇してしまった。

「先輩のこと、好きなんです」

今にも消え入りそうなか細い声に続き、

「ごめん。俺、好きな子おるから」

いかにもすまなさそうな、それでもきっぱりと言い切った一言。

あれ、この声って……。
…あちゃー。やっぱり。

昇降口の壁に隠れた向こう側、フェンスの前に一組の男女。
150センチ後半くらいのごく平均的な身長の女子と向かい合うのは、2メートル近い大男。

どうやら、わんこが一年生らしき女子に告られているらしい。

「ごめん!」
「あっ、あの。いいんです。謝らんといてください。うちが勝手に好きなだけやから……」

その子は健気にもそう言うと、

「好きって伝えたかっただけですから。先輩の恋。うち、応援してます」

目の下に溜まった涙を人差し指で軽く拭い、その瞬間に自分に出来るであろう精一杯の笑顔を見せた。



一瞬の静寂を破るかのように、次の瞬間、大粒の雨が降り始める。

女の子って、強い。
好きって自分の想いを伝えるだけでよくて、その上、その好きなやつの恋を応援できるって。
そんなの、俺には考えられない。

一目惚れしたことをなかったことにしようとか、自分の想いも勘違いだと気のせいにしようとした俺。
そんな俺のことを嘲笑うかのように、本格的に雨が降り始めた。

好きという気持ちから現実逃避した俺と、真っ向からしっかり向き合った彼女。

彼女は気丈に笑うも、しっかりと噛み締めている唇が僅かに震えている。

わんこにぺこりと一礼すると、彼女はくるりと踵を返した。
俺は慌てて踊り場に駆け込んだけど、俺が階段を駆け降りるより、彼女がドアを開けた方が少しだけ早かった。

「ごめんなさい」

踊り場に引き返したものの、どこかに隠れる暇もないうちに彼女が俺の横を擦り抜け、階段を下りていく。
すぐにわんこもこちらに来るはずで、逃げたかったけど階段は下りられなかった。

階段を下りる小さな背中が泣いていていたから、後を追うことようなことは出来なかった。
本当に間抜けなことに、妙な場面に出くわしてしまった。
どこにも隠れる場所はなくて、覚悟を決める。

「あ」
(…え?)

わんこがドアを開けた瞬間、軽く地面が反転した。
え、え、なんだこれ。
一瞬、世界がぐるりと回る。

ひょっとしてこれ、
立ちくらみってやつ?

「え、あ、…ちょっ!」

情けないことに俺は、わんこの腕に捕まったまま、ずるずると地べたにへたれ込んだ。



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