犬小屋の鍵、貸します。 犬小屋の鍵、貸します。 (8/50) …なんだ。彼女、いるのか。 なまじっか背が高いから、やはり目立ってしまっている。 制服姿だということは、今日も練習があったんだろうか。 お昼過ぎの中途半端な時間にこんな所にいるってことは、今から練習だとか練習試合の移動中だとも考えられるけど。 まだ名前も知らないわんこな彼と彼女らしき女の子が、こちらに向かって来る。 練習の時の真剣さが微塵もない顔をして、彼女と一緒にいるからか、垂れ目がさらに垂れ下がって見える。 だらし無い顔してんなあ……、そう思いながらも胸がちくりと痛んだ。 ふうん。彼女の前だとそんな優しい顔するんだ。 …別にどうでもいいけどね。 他のレジに行ってくれることをこっそり願っていたのに、俺のレジの最後尾に並ぶ二人。 それはそれ、これはこれで、きちんと仕事を熟さなきゃ。 「いらっしゃいませ、こんにちは。ご注文はお決まりですか」 「大地、なんにする?」 「そうやなあ……、美空は?」 ふうん。大地って名前なんだ。 で、彼女は美空か。 二人に順番が回って来て、そんなやり取りで偶然、彼の名前を知った。 ついでに彼女の名前も。 「うちはAセットかな」 「ほな、俺も」 そんな聞き慣れた注文の時のカップルのやり取りに、何故だか少しいらついた。 身長が2メートル近い彼に比べて、彼女の身長は150センチ、あるんだろうか。 上からひょいとメニューを覗き込む仕種がなんとも可笑しかった。 例えるならば、動物園のキリンが柵越しにこちらに顔を向けてるような。 その視線の先には、小さくて可愛い彼女。 その身長差が、なんとも、ほほえましく思えて胸が痛む。 「ありがとうございます。またお越しくださいませー」 店内に空席があまりないからか、二人は注文した商品をテイクアウトしていった。 二人の背中をなんとも複雑な気持ちで追い掛けて、 「あの、すんません。注文……」 「あ、あっ。失礼しました。いらっしゃいませ」 次のお客さんの声で我に返る。 そっか。大地って言うのか。 そんで、ちっちゃくて可愛い彼女がいると。 ノンケであることは、わかりきってはいたけどね。 そっか……、彼女がいたか。 今日、バイトに入らなきゃよかった。 prev|next 8/58ページ PageList / List / TopPage Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |