SEX,SCHOOL&ROCK'N'-ROLL
スタートライン

(15/28)

先に朗さんが帰った後、その夜も慧のために夜食を作った。
表向きには慧のためじゃなく、練習後にお腹が空くし、何と言っても一人での食事は味気無さすぎるからだ。

だけどそれは単なる言い訳にすぎなくて、本当はまだ慧と一緒にいたいだけだったりする。

「弓弦、洗ったの貸して。拭くから」
「あ、うん。ありがとう」

食後の食器を俺が洗って、慧が拭いて、二人、並んで流れ作業をしている間も、胸のドキドキはなかなか納まらない。

洗った食器を手渡す時に軽く手が触れ合っただけで、

「あ」

ドキドキの心拍数は、うなぎ登りに上がっていく。



時間はそろそろ日付が変わろうとしている頃で、練習していた時とは打って変わって静かな時間が流れていた。
どうやら訳もなく緊張してるのは俺だけのようで、機嫌が直った慧は、鼻歌で新曲を歌いながらいつもの調子で飄々としている。

食器が洗い終わってもまだ、慧が帰る気配はなかった。
二人、リビングで音楽を聴きながらくつろいでいる時も、ご機嫌な慧の鼻歌が聞こえてくる。

「…ふっ」

思わず軽く鼻で笑ってしまったら、慧がいつになく真剣な顔で俺を見てきた。



さっきよりも速い胸の鼓動。

このドキドキ。ひょっとして慧にも聞こえてしまってるんじゃないかな。

「け、慧?」
「ん?」

な、なんか近いんですけど。

俺の呼び掛けに慧は何故か、耳じゃなく、顔を真正面から近づけてくる。

鼻先3センチ。
そんな微妙な距離でぴったり止まって、

「ち、近くない?」
「そっか?」

俺がそう言うととぼけたくせに、慧はにやにや笑いながら、ゆっくり俺から離れていく。

「…弓弦、顔真っ赤」
「なっ!」

だっ、誰のせいだ、誰の。

慧はいつもの余裕の顔でけたけた笑って、ゆっくりと俯いた。
周りの音が一瞬消えて、

「…ふっ」

慧の鼻から抜けた笑いを含んだ吐息を合図に、再び止まった時間が動き出す。



思えば、これが俺たちの始まりだったのかも知れない。
この時は、慧の気まぐれだと思ったこの行動の意味も、俺には全くわからなかったけれど。

「…いいな。弓弦は」
「え?」

慧は俯いたままでそう言うと、長い前髪を指先で集めて顔を隠した。



俯いたまま、

「弓弦はいい」

そう、まるで呪文のように何度も呟いている慧を前にして、俺は少しだけ考えてみる。


この場合の『いい』は俺が羨ましいと言う意味なんだろうけど、俺には『最高』だとか、その言葉通りの『良い』の意味に聞こえてしまった。

つまりは慧が俺のことを……、とか。
何て言うか、うん。


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