涙と猫と赤い傘
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橋本は野球部員で、いかにもな髪型をしていたり。
いわゆるスポーツ刈りといわれる坊主頭で、教室の中でも一際目立つ。
「米倉は全教科だっけ。いいなあ」
なんて端から聞いたら厭味にも聞こえるようなその一言は、野球部の練習量に関係していたりする。
こう見えてうちは都内屈指の高校野球の有名校で、甲子園出場も決まっていているようなものだ。
そんないきさつもあって、一日中、朝から晩までぎっしり詰まった練習スケジュールが組まれているらしい。
そんな中でも補習は単位を取るために、野球部員も一部のレギュラーメンバーを除いて対象外にはならず、レギュラーメンバー以外の全員が強制的に受けることになる。
「監督や先輩にはど偉い怒られるけどさ」
甲子園のベンチ入りにも、つまりは補欠にも入っていない橋本は練習も免除されて、それがつかの間の休息になっているらしい。
橋本はなかなかのイケメンで坊主じゃなきゃモテそうなのに、間抜けな顔でデヘヘと笑って頭を掻いた。
橋本の肩越し、窓から見えた鈍色の空。
その危うい雲行きに肩を落とす。
いつ降り出すかわからない雨に、傘なんかは持ってはいない。
もちろん置き傘もない。
「なあ、米倉。課題して来た?」
「えっ。課題なんかあったっけ」
自分の席に座って橋本と馬鹿話をしていると、始業のチャイムの音とほぼ同時に入口のドアが開いた。
入って来たのは壱人と彼女で、一瞬、しんと静まり返る教室。
美男美女のカップルは、そこにいるだけで嫌でも目立つ。
そう言えば壱人の新しい彼女は俺と同じクラスで、彼女も壱人と同じ教室で補習を受けることになるんだ。
補習の席順は早い者勝ちで、二人は唯一、空いていた教卓の目の前の席に隣同士に座った。
壱人が席に座る時にちらりとこちらを見たような気もするけど、特に何も話し掛けられることもなく。
……迂闊だった。
久しぶりに壱人と同じクラスだなんて浮かれていたけど、彼女も補習を受けるだなんて。
彼女はうちのクラスでも成績がいい方だから、おそらく壱人に付き合っただけだろう。
黒板を見遣ると嫌でも二人の姿が目に入って来る。
時々、彼女が何か耳打ちをして、壱人も可笑しそうに笑っている。
Bkm
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