涙と猫と赤い傘
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え……、うそ。なんで。
雨はすっかり止んでいた。
雨上がりの夜空に見える星座を背負い、ひょっこりと壱人が窓から顔を出す。
俺の方が部屋の中にいるのだからその表現は正しくはないが、ともかく物凄く久しぶりに壱人が向かいの自室から庇伝いにこちらへやって来た。
「……来ちゃ悪いかよ」
どうやら独りごちたつもりの言葉も声に出ていたようで、窓枠を跨ぎながら不機嫌にそんなことを言ってのける壱人。
昔はこうして頻繁に壱人は、俺の部屋に遊びに来ていた。
その倍ぐらいは俺の方から遊びに行っていたけど、中学生になった頃から壱人の部屋の窓には内側から鍵がかかってしまい、自由には行き来できなくなっていたから。
「……返せよ」
「え」
「傘」
不意にそう言われて、慌てて手元に転がしてあった壱人の彼女の傘を手渡した。
あーあ。これで最後の砦(とりで)もなくなったか。
壱人に話し掛けるきっかけに残しておきたかったのに。
これでもう俺と壱人を繋ぐものはなくなってしまった。
これが壱人が俺の部屋に来た理由だとしたら、もう俺には用はないはずだ。
すぐに自分の部屋に戻るんだろうなと思っていたら、意外にも壱人は俺の部屋にずかずかと入ってきて、俺がぺたりとへたれているベッドサイドに腰掛けた。
昔より部屋が狭く感じるのは気のせいなんかじゃない。
壱人も俺も背が伸びて、あの頃に比べれば段違いにがたいもよくなった。
微妙な距離感に思わず壁際に後ずさる。
と、それに気づいた壱人が、ずいっとこちらに身を乗り出した。
「……な、に」
思わず声が裏返ってしまう。
なんだこれ。
なんなんだ、この体勢は。
身を乗り出した壱人に押され、仰向いて横倒しになる。
そんな俺の上に馬乗りするような体勢でのしかかり、
「ああ、もうっ」
壱人はおもむろに前髪を掻き上げた。
Bkm
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