涙と猫と赤い傘
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声が聞きたい。壱人の声が。
「泉」
そう俺の名前を呼んで、俺に自ら話し掛けてくれる壱人の声を。
もしも今、擦れ違う道や廊下で壱人に呼び止められたら、例え彼女と一緒でも、ちゃんと上手く笑えるのに。
こんなに切なくて胸が苦しい思いもしなくていいのに。
いつの間に、こんなに壱人が好きになっていたんだろう。
両腕を顔から離してベッドに落とせば、何か固いものが指先に触れた。
「あ……」
(……いい加減、返さなきゃ)
俺が持っていても意味はない。
返す方法も彼女の机の中に入れておくとか、下駄箱に入れておくとか、二人と顔を合わせない手はいくらでもある。
そう考えて不意に、壱人に、彼女に直接渡せなくても、それで終わりなんだと気がついた。
壱人の彼女から借りた赤い傘。
彼女は、壱人の腕と壱人のワイシャツという羨ましすぎる傘を持っている。
そう考えれば返す必要はない気もするけど、この傘は俺にも必要なものじゃない。
俺にはコンビニで買った透明の傘があって、その傘は、向こう側もちゃんと見える。
真っ赤な視界に遮られてうなだれるより、向こう側を見据えて前に進むのがいいに決まってる。
そう考えれば不思議と落ち着いた。
二人の姿を見るのは、今でも少し辛いけど。
壱人が俺に用がないならしょうがないじゃん。
今となっては、俺から壱人に話し掛けるきっかけも理由もないし。
ふと窓を見遣ればカーテンが揺れた。
彼女と壱人のシルエットを窓越しに見たあの日から、閉めっぱなしにしている青いカーテンが。
この窓は建て付けが悪くて、少しの隙間から風が部屋に入って来たりする。
風でも出て来たのかと久しぶりに窓を開けようとカーテンに手を掛けたら、俺が開けるより先にガラッと大きな音を立てて誰かに開けられた。
Bkm
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