涙と猫と赤い傘
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まるでテレビから聞こえてくるかのような独特なアニメ声。
少し癖のあるこの声は、姉ちゃんの声だ。
「姉ちゃん。帰ってたんだ」
「ついさっきね」
そう言うと、小脇に置いていた手荷物の中から何やら包みを取り出した。
「はい。これは泉にお土産」
姉ちゃんは大学二回生で、北海道の大学に通いながら一人暮らしをしている。
姉ちゃんはどうやら夏休みで帰ってきたようで、俺にもお土産を買ってきてくれていた。
姉ちゃんは俺にとってはただ一人の兄弟で、小さな頃からずっとよく面倒を見てくれた。
俺とは違ってすらりとした長身の美人で、いつも友達に羨ましがられたっけ。
「あれ、泉。また背が伸びた?」
「あ、うん。少しね」
それだけに、姉ちゃんのこのアニメ声は不釣り合いでいつも笑ってしまう。
立ってと言われて姉ちゃんの隣に立ってみたら、まだ姉ちゃんの方が僅かに高いけど、ほとんど身長は変わらなかった。
姉ちゃんは女の子にしては身長が高い方で、確か167センチだったはずだ。
子供の頃から学年平均よりも長身の方で、いつも俺は姉ちゃんを見上げていた。
「おお。来年は抜かれちゃうかな」
姉ちゃんと俺とは三歳違いで、子供の頃のこの年の差は大きい。
それでなくとも女子の方が男子より発育も早くて、俺はいつまで経っても姉ちゃんよりもチビだった。
そんな姉ちゃんにようやく追いつけたようで、なんだかとても照れ臭い。
「美森。お隣りの雪乃ちゃんも帰ってるわよ」
「あ。そうなんだ。あとでお邪魔してみる」
そういえば壱人の姉ちゃんの雪乃さんも先週末に帰って来たところで、先週、久しぶりに隣にお邪魔したっけ。
雪乃さんにとって双子の妹にあたる雪音(ゆきね)さんはもうお嫁に行っていて、その雪音さんはお盆頃に帰って来るらしい。
(お盆にはまた賑やかになるな)
心の中で独ごちながら、再びテレビの前に座る。
姉ちゃんに聞きたい話もいっぱいあった。
姉ちゃんのお陰で、もやもやしていた気持ちが少し和らいだ。
降っていた雨は止んだのかどうだか、急に蛙が庭先で鳴き始める。
一息ついて北海道は暑いのかと聞こうと思って口を開けたら、
「泉ー。玄関にある赤い傘、あんたの?」
玄関先から母さんの声がした。
Bkm
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