読み切り短編集
二番目でもいいから
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満面の笑顔で手を振っている、中川の肩越しに目が合った。
「皆月!」
どうやら俺の目は、俺の名を呼ぶ中川よりも、後ろの人物に焦点が合うようにできているらしい。
そんなの当たり前だ。
初めて会った時から、俺はずっと彼だけを見てきたんだから。
「…豪太……」
「え?」
中川は、自分と同じ車両に豪太が乗り合わせていたことに気付かなかったようだった。
少し焦ったような挙動不審な中川とは裏腹に、豪太は少し怒っているような、それでいて、今すぐにでも泣き出しそうな顔をした。
いつもより人が多く行き交う構内で、俺たち三人の時間だけが止まってしまったような気がした。
見つめ合った俺と豪太に挟まれた形の中川は、俺と豪太の顔を何度も交互に見比べる。
「なんで藍原が……」「それは俺の台詞だ」
怒りを含んだ不機嫌なそんな一言とともに豪太に睨まれた中川。
一瞬、中川が豪太を連れて来たのかもとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
「ごめん。中川。ちょっと豪太と話させて」
「えっ、あっ……」
中川には悪いけどそう言って、俺は豪太を駅から連れ出した。
豪太が俺を迎えに来てくれた。
今夜はクリスマスイブだから、豪太が俺に会いに来てくれた。
今の俺には、そんな風に前向きに考える余裕がない。
「…なんで勝手に家に帰るんだよ」
駅を出てすぐに設置されたベンチに座りながら、豪太が先に口火を切った。
「なんでって……」
携帯電話の電源を入れてみて気付いたこと。
こっちに帰って来た後も含めて、何ヶ月も豪太からはメールの着信がない。
メールに関しては、もともと豪太はあまりしない方だから省くにしても、少なくとも豪太からは留守電も入ってはいなかった。
だから豪太は俺が帰省したことに対しても、何も思っていないと思っていた。
だけど、どうやらそうでもないらしい。
「俺がなんのために……」
ぶっきらぼうにそう零すと、豪太は俺から視線を外す。
東京は今日もそんなに寒くなかったのか、心なしか豪太は薄着で寒そうだ。
「充のこと、ほったらかしにしておいて悪かったとは思うけど」
「え、あっ……」
「充なら、わかってくれると思ったんだけどな」
そう言う豪太がうっすらと苦笑った瞬間、今年初めての雪が降り出した。
Bkm
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