読み切り短編集
二番目でもいいから
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『あっ、いや。別に今日でなくてもいいんだけどさ。その、今こっちに着いたばっかだから』
「……」
『今夜はアレだし。その、予定があるなら別に……』
「…ないよ」
『え?』
「予定なんか入ってない」
携帯電話の向こう側で息でも飲み込んだのか、中川がごきゅっと喉を鳴らした。
そう、今夜の予定なんかない。
今夜は一人、テレビでも見て過ごすつもりでいた。
『そ、そっか。じゃあさ。そっちの町を案内してよ。皆月が育った町』
そう言えば、中川はうちの近所に越してきたと言ったけど、どうやらうちの町ではないらしい。
博多駅から近いのであれば、うちからはかなりの距離があると思うんだけどな。
「…いいよ」
一瞬、どこに越して来たのか聞こうと思ったけど、中川が近所だと言うのだから敢えて聞かないでおいた。
「…うん。うん。じゃあまたあとで」
それから少しだけ取り留めのない話をして電話を切る。
博多からうちの町の駅までは電車で20分ほどで、今すぐ俺が家を出て中川が電車に乗ったとしても、家から駅までの移動時間を合わせると、中川と落ち合うのは30分と少し後だ。
中川は町を案内してよと言ったけど、俺が住むこの町は特に何もない。
中川は俺の通った学校が見たいだなんてよくわからないことを言っていたけど、近所の美味いラーメン屋にでも連れていってやろうかな。
それを昼食にすればいいし。
再び布団から起き上がり、上着を羽織ってマフラーを巻いた。
防寒対策をばっちり決めて、自転車に乗る。
降り出した雨は、なんとかやんでくれていた。
帰りを思うと歩きの方がいいのかも知れないけど、自転車を押して歩いてもいいし、駅の駐輪場に停めてもいい。
吐き出す息は相変わらず白く、今朝からあまり気温が変わっていないことに気付く。
時間はそろそろ正午を過ぎる頃で、中川に会うまでに少し腹も減らしておかなきゃ。
そんな自分に思わず苦笑った。
俺、クリスマス前日に何をやってんだろ。
本来は初めてできた恋人と、甘いとまではいかないまでも一緒に過ごすはずだった。
別にクリスマスだからってわけじゃないけど、せめてイブぐらいは一緒にいたかった。
あのまま一人の夜を過ごすのが怖かった。
もし、クリスマスイブの夜も豪太が帰って来なかったら、俺はどうしたらいいんだろう。
まだ何もない普通の日なら、外泊したとしても我慢できた。
その外泊先が例え本命じゃなく、浮気相手のところだったとしても。
だけど、クリスマスは恋人たちにとって特別な日。
一緒に過ごしたいのは、一番好きな人のはずだ。
二番目でもいいからなんて嘘だ。
豪太にとって一番じゃなきゃ、豪太と一緒にクリスマスを過ごせない。
携帯電話の電源を入れても鳴らない電話。
これが豪太の答えなんだろう。
「…俺って、豪太の二番目なんかな」
思わず独りごちた。
Bkm
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