読み切り短編集
二番目でもいいから
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どうやら豪太にしては珍しく、携帯電話を忘れて出掛けてしまったらしい。
この曲は確か、通話の着信音として設定していたはずだ。
手に取って、サブディスプレイを見て固まった。
着信相手が例の豪太の後輩、篠崎伶だったからだ。
携帯電話はなかなか鳴りやまない。
はたして出ていいものかどうか悩む。
豪太が彼の携帯電話を借りて自分のに電話したのかも知れないし、でももしそうだとしたら、豪太は彼と一緒にいることになる。
そうじゃなく、彼から豪太に電話が掛かってきたのだとしたらそれはそれで俺が電話に出たらまずくはないかな。
「……あ」
一瞬、そんなことを考えたけど、ここは俺と豪太の部屋だという当たり前のことに気がついた。
なら、豪太の忘れた携帯電話に俺が出ても不自然じゃないなと思い直し、
「もしもし」
恐る恐る電話に出てみる。
『もしもし。豪太先輩、今どこ?』
聞こえてきた一言に思わず言葉を失った。
豪太は同級生以外には藍原や藍原先輩と呼ばれていて、そんな風に名前で呼ぶやつは他にいないからだ。
『もしもし。ぼく、ずっと待ってるんだけど』
その後に続いた言葉に息が止まる。
『ねえ、先輩。聞いてる?』
思わずそのまま電話を切ろうとしたが、なんとか思い止(とど)まった。
「え、と。篠崎くんかな」
できるだけ平静を装ったけど、言葉尻が震えてしまう。
『…あんた誰』
「あ、と。同室の皆月だけど、藍原、携帯電話忘れて出掛けちゃったみたいで」
いつもの癖で豪太の名前を呼びそうになったけど、なんとか寸前で思い止まった。
初めて話した時とはまるで違う、冷たい声に不安を感じながらも彼からの返事を待つ。
妙な間が空いてしまった。
時間にしたらほんの数秒だったと思う。
けれど俺には長く、息苦しい時間だった。
その後に続いた言葉に、携帯電話を取り落としてしまうのだけれど。
『ねえ、皆月先輩。豪太のことぼくに返してくれる?』
Bkm
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