読み切り短編集
二番目でもいいから
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「確か先月、この小説の下巻が出たと思うんだけど」
「え。あ、はい。すみません!ちょっと探してみます」
自分が悪くないのに謝ってしまうのも俺の悪い癖だ。
不意に思い掛けない人物に声をかけられ、思わずそう切り返した。
パソコンの画面で視線を右に流しながら、気付かれないように声をかけてきた人物をちら見する。
近くで見ると肌はきめ細かいし、本当にとても綺麗な少年だった。
彼の方から漂ってくる甘い香りは、彼が使っている香水だろうか。
どちらかと言えば男物と言うよりは女物らしいが、彼にはよく似合っている。
俺に声をかけてきた人物。
一年生の篠崎伶。
在庫を確認している間中、なぜだか彼の視線を全身に痛いほど感じた。
窓から西日が射し、辺りをオレンジ色に染めている。
もうすぐ運動場もライトが必要になる頃で、そろそろハンドボール部の練習も図書室の貸出も終わる時間だ。
聞かれた小説の入荷が遅れていることを告げると、
「…ふーん。確かに綺麗は綺麗だけどなんだか普通じゃん」
なぜか、彼からそんなことを言われた。
一瞬、言われたことの意味が理解できずに固まっていると、彼は極上の笑顔を残して出て行った。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
何か、意味深なことを彼に言われたけど。
――綺麗?
…俺がか?
言われ慣れない言葉に違和感と嫌な予感を感じて、しばらく彼が出て行ったドアから視線を外すことができなかった。
この時、なぜ気付かなかったんだろう。
鼻孔をくすぐる甘だるい香り。
そんな彼の香水の香りに、とてもよく知る香りが混じっていたことに。
Bkm
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