読み切り短編集
Life is beautiful
(4/9)

卒業


「……ちっ」

式が終わっても姿を現さないあいつに剛を煮やして、舌打ちを一つ。
あいつと付き合い始めて半年が過ぎ、あいつの行動パターンは手に取るようにわかるようになってしまった。

今日一日、朝から一度も顔を見ていないし、訳はよくわからないけど、おそらくは拗ねているんだろう。
仕方がないから、たまにはご機嫌取りでもしてやろうかと、いつもの場所へと向かう。


俺とあいつが初めて出会ったのは体育館。
新入部員の中でも、一際でかくておバカそうなのがあいつだった。

それからは事あるごとに俺の後ろを着いて回って、付き合い始めてからは、毎日、うざいほど会いに来たのに。

体育館に隣接された部室棟の部屋の一つ。

「やっぱここにいた」

軋むドアを開けると、いつものように折りたたみ椅子に座り、

「……せんぱ」

頭を垂れて、うなだれている大型犬を見つけた。


「……ふっ」

いつも以上に垂れ下がっている耳と尻尾に、思わず笑みが漏れる。

「なんだよ。祝ってくれねえの?」

おどけた声でそう言いながら隣の椅子に座ったら、わんこは視線を逸らしやがった。

「…あっそ。じゃいいわ」

なんだかむかついて、そう言いながら席を立ったら腕を強く引かれる。

「……っっ、ごめっ。そうじゃなくて先輩がいなくなるって思ったら」

でっかい図体をしてるくせに案外泣き上戸なわんこはそう言うと、俺の立ち上がった腰の辺りに張り付いてきた。


「……おまえ馬鹿か。卒業するからって、俺が消えるわけはないだろ」

眼下に見えるつむじら辺をバシッと叩(はた)いて、思わず溜め息を一つ。

「…でもっ」「誰のために県内の大学にしたと思ってんだ」

もう学校では会えなくなるじゃんと、口にする前に先手を打ってやる。

「おまえのためだよ」

わかったか。
そう続けるとわんこの頬を一筋の涙が伝い落ちた。

「……ぶっ」

鼻水を盛大に垂らしながらこっちを見てくるわんこに、思わず吹き出してしまった。


なあ、わんこ。
卒業だけど卒業じゃないよ。
ただ、俺はもうここ(学校)には来なくなるだけだ。

前以上に学校以外の場所で会えるんだから、俺が卒業することに感謝して欲しいぐらいだ。

「ほら」

ポケットを探り、ブレザーのボタンと予め用意していたブツをわんこに手渡す。

「これ……」
「アパートの鍵。会いたくなったらいつでも来れば?」

……っとに。

進学先は家から通える距離なのに、わざわざアパートの部屋を借りた俺の気持ちを汲み取れっつの。


2011年3月

Bkm
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