読み切り短編集
Life is beautiful
(1/9)

鬼ごっこ


ああくそっ。
あの野郎、いったいどこへ行きやがった。
言いたいことだけ言って言い逃げしやがって。

部活を引退したせいか、ちょっと走っただけで息が上がる。
廊下の端でいったん足を止めて、乱れた呼吸を調えた。


「奥居先輩。俺、先輩のことが好きです!」
「…は?」

昼休みの屋上。
呼び出された後輩に思い掛けず告られたのは、今から10分ほど前のこと。
鳩が豆鉄砲を喰らったように呆然と立ち尽くす俺に、

「それだけです。ではっ!」
「あ、おいっ!」

真っ赤な顔できっちり45度の礼をしたあいつ。
言うだけ言っといて、そいつは屋上から一目散に逃げ出した。


ああくそ。本当に世話が焼ける。

告った相手は部活の後輩で、とにかくそそっかしくて一番手の掛かるやつだ。
時期キャプテンになるぐらいに技術やテクニック、実力も備わっているくせに、競技から離れた途端、ぐだぐだになる。

そんなところが放っておけなくて、ついつい構ってばかりいた。
その結果がさっきの告白なんだろうけど、俺はまだ、返事も何もしてないっつの。


あいつはチーム一(いち)と言われるぐらいの駿足で、逃げ足も驚くほどに速い。

「――ちっ」

もう一度大きく舌打ちをして、あいつが行きそうな場所を徹底的に捜した。


「あれ、奥居先輩。お久しぶりです」
「ああ。つか、大槻いる?」
「大槻っすか。どっか行ってるみたいっすけど」
「そうか。ありがとう」

あいつのクラスメートの後輩に礼を言って、次にあいつが行きそうな場所を探す。
食堂に購買、体育館に運動場。思い当たる場所を虱(シラミ)潰しに捜したが、あいつの姿は見つからない。


……っとに、あのバカ。

そそっかし過ぎるにもほどがある。
自分から告白した場合、相手の返事を聞くのが普通だろうが。

逃げ出したやつを追い掛けてる鬼のような気がしてきて、いつの間にか躍起(やっき)になってあいつを捜していた。

つか、告られたのは俺のはずなのに、なんで俺、告ったやつを追い掛けてるんだろ。

薄く苦笑って顔を上げたら、見慣れた部室が視界に入った。


直感めいたものがあった。
あいつは必ずここにいる。

ドアの前でもう一度乱れた呼吸を調えて、ゆっくりドアノブを回してみる。

「…はあ。やっと掴まえた」
「え、あ。先輩。なんで」


パイプ椅子に座って泣きそうな顔をしている可愛い後輩をようやく掴まえたのは、昼休み終了のチャイムが鳴った時だった。


2010年12月

Bkm
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