俺様キューピッド
俺様キューピッド
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辺りのオレンジ色がさっきよりも濃くなった。
時間は、子供が遊びから家に戻る時間帯だ。
「…岳、先輩?」
たぶん夕暮れの西日が眩しいんだろうな。
微かに目を細めて、くしゃって顔を歪めてる先輩が、石段の下に立っている。
「ハルか?」
先輩の位置からだと、僕は夕日を背負っているように見えるんだろう。
どうやら僕の顔もよく見えていないようで、疑問形で、そう聞かれた。
僕の返事を聞かずに一段一段、石段を上る先輩は、すぐに僕の隣に立つ。
「え、なんで。先輩が……」
「いや。和佐に呼ばれてな。そう言うハルこそ」
「あ。僕も姉ちゃんが久しぶりに会わないかって」
一つ一つの会話で、一歩一歩近づいて。眼下に見えていた先輩が石段の最後の一つを残したぐらいで僕の身長を追い越して、隣に立つ頃には僕は先輩を見上げていた。
なんでここに先輩がいるのか理解できないでいる僕に対して、先輩はどうしてこうなったのかがわかるみたいで、
「チッ、和佐のやつ……」
そう言うと、自分の頭をくしゃっと掻いて、それから僕の前髪をゆっくりと掻き上げる。
って言うか、先輩は姉ちゃんのことを和佐って名前で呼んでるんだ。
「あ、えと。お帰りなさい」
そう言えば、まだ言ってなかったことを思い出してそう言うと、
「ただいま」
頬をふっと緩めて、先輩は返事をくれた。
雑誌の中の先輩とは違って、セットをしていないナチュラルな髪に、いつものシンプルな私服姿。
白いシャツとズボンの先輩にホッとして、僕も口元を緩めた。
胸のドキドキが止まらない。
えっと、鼓動が止まったら大変なことになるけど、そうじゃなくって、ドキドキのスピードが大変なことになっている。
「なんか、懐かしいな」
先輩はそう言うと、夕日に染まる空を見上げた。
視線を僕の方に戻した瞬間、ぎゅっと僕の手を握る。
(―――あ)
なんだろう。なんか覚えてる。
ずっとずっと昔、まだ僕が子供の頃、こんな風に誰かに手を引かれて、近所の土手を歩いたことがある。
その手は、汗ばんだ龍平の手でも柔らかな姉ちゃんの手でもなくて、僕よりも一回り大きくて、とても優しい手だった。
そう。
ちょうど、この先輩の手のような。
「あの……、岳先輩。僕、前に先輩とこうやって歩いたことある?」
恐る恐る気にかかっていたことを聞いてみると、先輩はふっと小さく笑った。
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