俺様キューピッド
俺様キューピッド
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山の中腹にあるこの学園は田舎と同じ風景の真ん中にあって、少しだけ足を延ばせば、自然の癒しパワーを満喫できる。
前回、姉ちゃんと会ったのは夏休みで、しかも帰省した実家でだった。
せっかく二人ともが上京してるんだし、もう少し会う機会を作った方がいいのかも知れない。
うちの父さんは、僕が生まれる頃まで売れない役者をやっていて、言ってみれば脱俳優して農業を始めた。
母さんの実家が四国は徳島の農家で、その仕事を継ぐ形で農業を始めた。籍こそ父さんの戸籍に入っているけど、形式的には入り婿状態で。
農業で忙しい両親に代わって、四つ年上の姉ちゃんが僕の世話を焼いてくれた。
僕がここまで大きくなれたのも、姉ちゃんのお陰かも知れない。
龍平も同い年ながら兄弟のように育ってはきたけど、血縁のある姉ちゃんにはやっぱり敵わない。
異性だから少し遠慮することもあるけど、隠し事をしたって、姉ちゃんにはお見通しだし。
今日は少し肌寒かったから、いつもより一枚、多く羽織った。
日に日に早くなる夕暮れ時、微かにオレンジ色に染まり始めた空を見上げる。
待ち合わせ時間までまだ少し余裕があるから、久しぶりに土手を歩いてみた。
東京は緑が少ないって思っていたのに、いざ、上京してみれば田舎と同じような風景もたくさんある。
なんとも言えない懐かしいに、思わず胸がきゅんとくる。
ふと、何かを思い出しそうで。
いつだったか、龍平の背中を追って駆け出す僕の腕を強く引いて、龍平の後ろを着いてまわる僕を止めたのは誰だっけ。
そんな風にいつもいっぱい意地悪をされたけど、その子はとても暖かくて優しい手を持っていた。
その子は一番、僕のことをいじめていたくせに、他の誰かに僕がいじめられたらその子がいつも仕返しをしてくれた。
その優しい手が、いつも僕を守ってくれて、その子のことが大嫌いだけど大好きだった。
確か僕がまだ小学校に入学する前のことで、ほとんど忘れてしまったけど、大事な何かまで忘れてしまったようで、なんとも言えず歯痒くて仕方ない。
土手を少しだけ歩いたところで、約束していた時間になった。
先輩のことも全部、姉ちゃんに聞いてもらおうと心に決めて、石段まで引き返す。
「え」
すると、約束の場所の石段の下で姉ちゃんが待っているとばかり思っていたのに、思わぬ人がそこに立っていた。
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