俺様キューピッド
俺様キューピッド
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自販機脇のベンチで、
『恋愛の意味で好きな人。他にいるみたいなんです』
確かに晴陽はそう言った。
つまりは登坂以外に好きなやつがいるってことで、登坂と晴陽を取り持つキューピッドとしての役割は、終わったことになる。
「好きな人……、か」
晴陽らしく控えめに、しかしはっきりとそう言った。
そいつと晴陽とも登坂との時と同じように取り持ってやれば、まだこの仮初め(かりそめ)の恋人の立場は守れるのだろう。
それでもよく知る登坂ならまだしも、よく知らないやつとの間を取り持つこともない気がして。
あの夏、晴陽と過ごしたあの時、思えば、晴陽のそばにはいつも登坂がいた。
舌っ足らずの可愛い声で登坂の名前を呼んで、登坂の後ろを追い回す姿も愛らしかった。
嫉妬心から思わず虐めてしまい、晴陽には嫌われてしまったけど。
だから俺は晴陽の記憶にも残っていないんだろう。
あの夏、俺は小学一年生で、二人はまだ幼稚園児だったし。
登坂の記憶にも残ってないことが少し腹立たしかったが、年齢や思い入れの強さを考えれば仕方のないことなんだろう。
あの夏、今は離婚して別々に暮らしている母親の田舎に静養がてらに遊びに行き、そこで二人に出会った。
都会育ちの俺には田舎育ちの二人は眩しすぎて、毎日遊ぼうと誘いに来てくれるのの半分も一緒には遊ばなかったけれど。
それからも夏休みごとに行こうと思っていたのに、両親が離婚して、その願いは叶わなかった。
当然のように父親に引き取られた長男の俺は母親に会うことさえもままならず、母親の田舎に行くことは二度となかった。
それが今年の春、思い掛けず登坂と再会した。
まさか晴陽までうちに来ているとは思わなかっただけに、晴陽を見つけた時の驚きは半端なかった。
そんな晴陽が、登坂のことを好きだと言う。
子供の頃こそ、嫉妬して意地悪もしたが、今は晴陽が幸せになればそれでよかった。
だから、協力することを買って出た。
俺がキューピッドになることで、晴陽が笑っていられるならと。
「恋人ごっこ、か」
それなら、やっぱり恋人のふりを続けて行こう。
晴陽が好きなやつが俺に嫉妬して、それで行動を起こすように仕向けてやる。
そんな馬鹿なことを思いながら、静かに眠る晴陽の頬にそっと触れる。
それから腕の中に抱き入れて、気付かれない程度にぎゅっと抱きしめた。
その時、不意に晴陽が制服を着たままだったのを思い出した。
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