俺様キューピッド
俺様キューピッド
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相変わらず困ったような顔をしてるけど、岳先輩はそう言って笑ってみせる。
僕は一瞬、何を言ってるのかがわからなくてボーッとしてしまった。
「…ほら。行くぞ」
次の瞬間、そう言って手を強く引かれる。
手を握られたまま腰が浮いて、中腰で先輩を見上げた。
いつもより無口だけど優しい先輩。
その先輩の耳の後ろから顔に掛けてが真っ赤になっていて、少し驚いた。
「…先輩?」
「自分の部屋に戻れないんだろ。なら、俺の部屋へ泊まるといい」
そのまま、こっちを見ないでそう言うと、僕の手を引いて歩き始める。
……あ、またデジャビュ。
このシーン。なんか懐かしいっていうか、前にもこんなことあったような。
岳先輩と二人でいると、たまに既視感でほわっと暖かくなる。
いつだったか子供の頃に、こうして先輩に手を引かれて歩いたような気がして。
「ね、先輩」
「なんだ」
「前にも……、こうやって僕、歩いたことある?」
何気なく聞いてみたら、先輩の足が止まった。
「…覚えてないのか?」
「あ、えっと……」
「まあそうだろうな」
そう言うと再び歩き始める。
「…昔、先輩と会った?」
「会ったな」
「そうなんだ……」
全く覚えてないことが悔しかった。
多分、本当に子供だった頃の出来事なんだろうけど。
「まあ、気にするな」
岳先輩はそう言って苦笑うと、特別棟へと足を向ける。
結局、僕らはいつ会ったのか、この既視感はいつのものなのかはわからなかった。
聞いてみたつもりが、軽く交わされちゃったし。
先輩の返事を解析してみると、僕らは子供の頃に会っていたことになる。
多分、その頃、一緒に遊んだりしたんだろう。
それから僕より一歳年上の先輩は、その頃、僕のことをまるで弟のようにかいがいしく面倒を見てくれて。
……あ。
そこで不意に気がついた。
もしかして僕……、岳先輩に弟のように思われてる?
だとしたら、先輩がキューピッドを買って出てくれたのも弟のためだってことになる。
普通、兄弟では恋愛なんかしないから、僕は恋愛対象としては対象外ということになる。
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