俺様キューピッド
俺様キューピッド

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龍平が部屋から出て行っても、僕はドアから視線を外せなかった。

龍平、今、僕のことを『おまえ』って言った。
春川くんのことは、ちゃんと『蓮』って名前で呼んでるのに。

少し前の僕なら泣いていたかも知れない。
だけど、不思議と涙だけは出なかった。
ただ、胸がつきつきと痛い。
誰かがそこを鋭い針先でつっついたかのように。

結局はその日、僕は学校を休んだ。
春川くんは、ぎりぎりまで僕の様子を看てくれてから登校していった。

一人残された僕は布団に潜ったまま。
熱はすっかり引いていた。
それでも気分は全く晴れることなく、曇ったまま。

あんなに機嫌が悪い龍平、初めて見たかも。
僕……、何か龍平を怒らせるようなことでもしたのかな。

だけど何度考えてみても、龍平を怒らせるような理由が見つからない。
その直前の出来事といえば、僕が龍平のことを龍平と名前で呼びかけて、改めて『登坂くん』って名字で呼び直したことくらいだ。

会長は龍平が意識し始めるって言ったけど、あれって僕を意識し始めての行動なんだろうか。
だとしたら、あんな行動をとられるぐらいなら、意識なんかしてくれなくていい気がした。

確かに下の名前で呼び合うのは恋人同士の特権だけど、幼なじみの特権でもある。
でも、急にまた『龍平』って呼び方に戻したら、春川くんに余計な心配をかけちゃうかな。


春川くんが作り置きしていてくれた少しだけ塩辛いお粥を食べながら、ずっと龍平が不機嫌になった理由を考えていた。
だけど、答えは出そうにない。

夕方、ちょうど放課後の時間帯に春川くんにメールをして、僕はいつもの花壇に向かった。



9月も半ばを過ぎて、ようやく暑い日はなくなって来た。
陽射しもだいぶ和らいで、ここ何日かは校舎内の冷房もほとんど効いていない。

春川くんには心配されちゃったけど、花の世話だけは毎日ちゃんとしておきたくて外に出た。
幸いなんとか熱は下がったし、何かをしてたら余計なことを考える暇もなくなる。

道具を借りに用務員室にお邪魔したら、今日は村田さんがいた。
村田さんは元ヤンらしく、綺麗な金髪とたくさんのピアスホールが目立つ、二十代前半ぐらいのイケメンなお兄さん。

その見た目とは裏腹に仕事中はピアスを全て外してるし、用務員のリーダーの中村さんとも仲良しの気のいい人だ。

「お、井上か。おまえ、もう体は大丈夫なのか?」

村田さんは僕の顔を見るなりそう言って、僕のおでこに自分のおでこをくっつけた。

Bkmする
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