俺様キューピッド
俺様キューピッド
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※龍平SIDE
(――あんなこと言うつもりはなかったのに)
思わず自分が言い放ってしまった冷たい言葉を思い出して、唇を噛む。
晴陽……、泣きそうな顔してたな。
あの顔、最近は全く見なくなっていたのに。
俺たちがまだ子供の頃。
晴陽はチビで、のろまで泣き虫で、いつもいじめっ子に虐められて泣いていた。
特に、まだ俺たちが幼稚園児だった頃だ。
名前も顔も忘れてしまったけど、一つ年上のやつに意地悪されていた頃は、毎日のように泣いていたっけ。
それがいつからか運動オンチだけは治らなかったけど、運動以外はなんでも一人でできるようになり、その頃から晴陽の泣き顔を見なくなった。
その代わりに、たまに必死に涙を堪えている顔を見るようになって。
晴陽なりに男らしくなろうとした結果なんだと思う。
それがわかっていたから、俺は見て見ぬふりをしてきたし、最近は少しはにかんだような笑顔をよく見るようになってきていて、つまり、いつも晴陽は笑っていた。
最後にあの顔を見たのはいつだっけ。
多分、夏休みが終わってこっちに戻って来た日だ。
蓮と付き合うようになったと報告した時、一瞬、晴陽はあの顔を見せた。
今の俺ならわかる。
あれは、大切な幼なじみを誰かに取られたような気がしたからだ。
俺も会長とのやり取りでその気持ちに気付いてしまったし、晴陽のそばに当たり前にいられなくなることは、結構辛いことだった。
『晴……』
晴陽に話し掛けようと振り向いたら、会長と嬉しそうに談笑していた。
それを見た瞬間、独占欲にも似た感情が内側から沸々(ふつふつ)と沸き上がってどうしようもなかった。
木の冷たい感触が足裏に心地いい。
竹刀を振る音と自分の少し荒い息遣いしか聞こえない道場。
こうしていると何も考えなくて済むんだけど、どうやら今日はそうもいかないらしい。
いつもの時間、いつもの場所で朝練に励みながらも、頭の中は雑念でいっぱいだ。
こんなことは初めての経験で、何度竹刀を振り下ろしてみても、雑念は頭の中から振り落ちてはくれない。
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