俺様キューピッド
俺様キューピッド
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慌てて駆け込んだキッチン。
「大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと切っちゃった」
どうやら春川くんは人差し指の先を少し包丁で切ってしまったようで、指先にぷっくりと小さな血の玉ができていた。
「…あ」
その指先を口に含んで取り敢えず止血して、ポケットから取り出した絆創膏を患部に貼る。
「これでもう大丈夫。続きは僕がやるから、テーブルのセッティングをお願いできる?」
「あ、うん。もちろん!」
ぼんやりしていた春川くんがハッと今気付いたような表情(かお)をして、
「ハルっち。お母さんみたい」
そう照れ臭そうに笑いながら、ダイニングの方へと消えていった。
あーあ。
またやっちゃった……。
実は僕、こう見えて料理なんかも得意だし、手先なんかも割と器用だったりする。
ただあまりにも地味で目立たなすぎて、僕が何気になんでもできるってことを知らない人の方が多いだろうけど。
成績順に組分けされるクラス分けも、エスカレーター組のエリートと高校からの新入生の上位数人で編成されるA組に次ぐB組だし。
実は、入試や一学期末テストなんかも真面目を絵に描いたような学級委員長の逸見くんを抑えてB組で一位の成績だったんだけど、恐らくは誰もその事実を知らないはずだ。
だから、本当はドジでおっちょこちょいで可愛い春川くんが羨ましかったりする。
その危なっかしさに、龍平も惹かれたわけだから。
「春川くん、大丈夫かな……」
僕はそれなりになんでもできるし、勉強なんかは、龍平に追い付くために人並み以上にやってきた。
なのに、全く目立たないから人に褒められることはまずない。
だから、
『晴陽、よくやったな!』
それを認めてくれる龍平の存在は、単純にすごく嬉しかったんだけどな。
子供の頃からそうだったから、僕は両親にも手の掛からない子供だと言われてきた。
なのに、僕がクラスで一番の成績をとってもクラス委員になることはなかった。
クラス委員になるのはクラスの人気者で、そこそこ頭のいい子ばかり。
それが嫌だったわけでもそれが嫌なわけでもないけど、春川くんを見てると何故だかやる瀬ない気分に押し潰されそうになる。
みんなに愛されるひとって、春川くんみたいなひとを言うんだ。
僕も春川を見てると放っておけなくなるし。
同じクラス、同じ部屋になった時からうっすらとそう思ってたけど、龍平と付き合い始めたことでそれを痛感してしまった。
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