Life is beautiful 卒業 「……ちっ」 式が終わっても姿を現さないあいつに剛を煮やして、舌打ちを一つ。 あいつと付き合い始めて半年が過ぎ、あいつの行動パターンは手に取るようにわかるようになってしまった。 今日一日、朝から一度も顔を見ていないし、訳はよくわからないけど、おそらくは拗ねているんだろう。 仕方がないから、たまにはご機嫌取りでもしてやろうかと、いつもの場所へと向かう。 俺とあいつが初めて出会ったのは体育館。 新入部員の中でも、一際でかくておバカそうなのがあいつだった。 それからは事あるごとに俺の後ろを着いて回って、付き合い始めてからは、毎日、うざいほど会いに来たのに。 体育館に隣接された部室棟の部屋の一つ。 「やっぱここにいた」 軋むドアを開けると、いつものように折りたたみ椅子に座り、 「……せんぱ」 頭を垂れて、うなだれている大型犬を見つけた。 「……ふっ」 いつも以上に垂れ下がっている耳と尻尾に、思わず笑みが漏れる。 「なんだよ。祝ってくれねえの?」 おどけた声でそう言いながら隣の椅子に座ったら、わんこは視線を逸らしやがった。 「…あっそ。じゃいいわ」 なんだかむかついて、そう言いながら席を立ったら腕を強く引かれる。 「……っっ、ごめっ。そうじゃなくて先輩がいなくなるって思ったら」 でっかい図体をしてるくせに案外泣き上戸なわんこはそう言うと、俺の立ち上がった腰の辺りに張り付いてきた。 「……おまえ馬鹿か。卒業するからって、俺が消えるわけはないだろ」 眼下に見えるつむじら辺をバシッと叩(はた)いて、思わず溜め息を一つ。 「…でもっ」「誰のために県内の大学にしたと思ってんだ」 もう学校では会えなくなるじゃんと、口にする前に先手を打ってやる。 「おまえのためだよ」 わかったか。 そう続けるとわんこの頬を一筋の涙が伝い落ちた。 「……ぶっ」 鼻水を盛大に垂らしながらこっちを見てくるわんこに、思わず吹き出してしまった。 なあ、わんこ。 卒業だけど卒業じゃないよ。 ただ、俺はもうここ(学校)には来なくなるだけだ。 前以上に学校以外の場所で会えるんだから、俺が卒業することに感謝して欲しいぐらいだ。 「ほら」 ポケットを探り、ブレザーのボタンと予め用意していたブツをわんこに手渡す。 「これ……」 「アパートの鍵。会いたくなったらいつでも来れば?」 ……っとに。 進学先は家から通える距離なのに、わざわざアパートの部屋を借りた俺の気持ちを汲み取れっつの。 2011年3月 Copyright © 2010 さよならルーレット Inc. All Rights Reserved. |