立向居が髪、とだけ小さく言って、低いポニーテールの先を引っ張ったから、痛いと文句を言ったら逆に軽く睨まれて、それからぽいっと放された。
なんで、って話。
「緑川が動くと一緒にぴこぴこ動いてじゃまなんだけど」
立向居いわく、どうやらそういうことらしい。
言われた毛先をつまんで自分で見てみたら、もともとねこっ毛なのが、ここのところの雨で余計ふにゃふにゃしていた。
とりあえず動くのはやめて、おとなしく立向居の隣に腰を下ろす。
「いーじゃん別に」
「俺、男のくせにそういうチャラチャラしてるのすごいきらい」
機嫌悪いなあ、と出かけたため息は飲み込んだ。
雨で調子が悪いのは俺の毛先だけじゃなくて、練習が出来ないせいで立向居のメンタルコンディションも最悪だ。
だったら俺なんかわざわざ呼び出して巻き込むなよな。
……なんてのも、今更言う気は起きないけどね。
立向居がそういうやつなのはよく知ってる。
「風丸とか鬼道とかもこんな髪型だもんね」
だけど腹立たしいのを我慢できるほど大人でもなくて、嫌味っぽく言ってやったら、立向居は余計にムスっとした顔をした。
「一緒にするなよ。風丸さんとか鬼道さんとかはすごい人なんだから」
「ハイハイ、どーせ緑川は凡人ですよ」
「そんなことで拗ねるなよ」
拗ねてはないけど、立向居は理不尽だ。
それでいて自分の理不尽さには気付かない。
この横暴も、円堂の前でのあれも天然なんだから手に負えない。
「そんなことよりさあ、短く切りなよ」
……訂正。
理不尽なんて言ったら理不尽に失礼だよね。
お前はとりあえず理不尽に謝れ。
「……立向居が、切った方がかわいいって言ってくれるならね」
まあ、それでもどうしようもなく好きだっていうんだから、俺も大概しょうがないけどね。
少し高い位置にある肩にこてんと頭をのせた。
振り払いはしなかったけど、顔に髪があたったらしく、見上げた立向居は露骨に嫌そうな顔をした。
「自分でそういうこと言う女の子ってすっごい自意識過剰だよな」
「女の子じゃないもーん」
「緑川は性格がねちっこくて女みたい」
そりゃどっちだよ。
思わず吹き出してしまったら、急に頭がふわっと浮いた。
何かと思えば、立向居にかたい手の平でぐっと押し戻されてて、あれ、さすがに怒らせたかもってちょっと不安になる。
だけど顔を覗き込む前に、今度は立向居の頭がこてんと俺の肩に預けられて、そのあまりの不意打ちに、超きゅんとしてしまう。
「……なに、突然。甘えたになっちゃったの?」
「違うけど、百パーセントやなわけじゃないこと思い出した」
「……意味、わかんない」
意味はわかんないけど、俺は立向居にこうやって甘えられるのがすごく好きだ。
ほんとはずっとこうしてたいけど、もっと我慢できなくなる。
立向居がしたみたいにぐでんとした頭を手の平で押し返して、それから投げ出されてた立向居の両足に膝立ちで跨がった。
立向居を見下ろしてる。
ほっぺたが熱くてたまんない。
「もー、なんで好きなんだろ」
自分に自分で呟いて、それから両手を立向居の首に回してちゅーした。
立向居はしばらくしたら、目をつむって顔を上げて、腰のあたりをぎゅっとしてくれた。
それから右手だけするりと背中を上って、気付いたらいつの間にかほどかれた髪が、ぱさ、と立向居の顔に落ちる。
「ほどかないでよ」
立向居は久しぶりに少し笑って、さっきは切れと言った髪を一房手に取ると、それに音を立ててキスをした。
「その位置からキスしてくるとき、顔にかかるのは嫌いじゃないんた」
「……なにそれ」
あまりにも卑怯だ。
たまらずそのままへたりこんでしまう。
そしたら立向居が軽く腕を引いて、胸にもたれ掛かけさせてくれたりして。
実は全部計算でやってるとしたら、とんでもない悪い男じゃないかと思った。
もーいいから、とりあえず、立向居は、一回俺に謝れ。