※下品注意








いいよ、と綱海さんが耳元で言った。



彼らしくない切羽詰まったような声と、肩に置かれた熱をもった指先と、伏せた目元を隠す睫毛。
ハーフパンツの立てた膝から覗く足は、練習で傷だらけだけど、それでもどこか色っぽい。
とにかくいろんなものが、耳とか肌とか視界とか、いろんな感覚から飛び込んでくる。

一度はどうにかしたいと思ったくらい好きになった人だ。
いくら吹っ切れたって言っても、いやらしい気持ちは簡単にはなくならない。


今好きな人への罪悪感が少しだけ頭を過ぎる。
綱海さんの好きな人へは少しだけ優越感。

綱海さんへは、ただ欲しいという気持ちだけが全身を駆け抜けて。


俺は肩に置かれた手を掴んで、そのまま彼を、少し乱暴にベッドに押し付けた。





短いセックスの間、綱海さんが発したのは、小さく「痛い」とたった一言だけ。
最初に恐る恐る指を挿れたとき。
だけどすぐに口をつぐんで、それ以外はずっと、枕に顔を埋めて小さく呻くか、息を殺して耐えていた。

綱海さんの狭い中は、ぎちぎちに俺を締め付けて、俺も余裕なんかない。
後ろから挿れた途端に出るのを我慢するのが精一杯だ。


正直俺は綱海さんに、大人で経験豊富で、こういうことに慣れてる人、なんてイメージがあって。
だけど綱海さんは、一度だけ観たAVの女の人みたいに乱れて喘ぎはしなかった。


……よく考えれば、そんな訳はないよな。

二つ上だけど、彼はまだ十五歳で。
切ない片思いを続けていて。
そしてこれはたぶん、綱海さんの「はじめて」なんだ。
彼は言わなかったけれど。

そう思ったら、自分でも初めて経験するくらい、自分自身がもう一回り大きくなるのがわかった。


「ひっ……う、んぁ」


枕のすき間から少し高い悲鳴みたいな声が漏れる。
綱海さんはそれからまた枕をぎゅっと抱え直して、ぐっと顔を埋めた。
この湿った空気の中で、彼を気遣うことすら気恥ずかしくて、ただ一心不乱に腰を振る。


「ッ、ああっ」


こっちの方が我慢できずに声を上げて、俺はあっという間にイッてしまった。
全身を走る気持ち良さと倦怠感に、綱海さんの背中に覆いかぶさったまま息を整える。

その間に綱海さんはずるずる俺の下から這い出て、そのお陰でちゅぽんと音を立てて、俺のは綱海さんから抜けた。
暗くてよく見えないけれどたぶん精子の糸を引いて。

綱海さんが重そうにゆっくり半身を起こして、振り返って、おでこにキスをされる。
それから肩にこてんと傷んだ髪がもたれ掛かって、俺にはセックスの終わりなんてわからなかったけれど、たぶんこれがその合図なんだろうと思った。


「……なんか、ごめんなさい」


なにか労う言葉をかけたかったけど、余裕のない自分を思い出すとそれも恥ずかしい。
なにが?と小さく綱海さんが言う。
剥き出しの肩をそっと撫でると、綱海さんは自分の体の近くにぎゅっと足を寄せて縮こまった。


「痛かったでしょう?……俺、やり方もよく、知らなくて」

「……そんなことねーよ。あってたよ?」


……綱海さんも初めてだったんですか?
言いかけて、やめた。
それで感じようとしていることは優越感だけで、そんなのはあんまりだと思うから。
綱海さんが俺の胸に手のひらをついて顔を上げる。


「聞いてもいいか?」

「あ、はい。何です?」


いつものようないやらしくない笑い顔。
その顔で、綱海さんは、俺の知らない人みたいな言葉を口にした。


「立向居さ、俺とセックス、どっちに興味あったの?」


思わず止まってしまう。
止まった俺に今度は困ったように笑って、腕を突っぱねて綱海さんは俺と距離を取った。


「……うそ、うそ。そんな聞き方は卑怯だよな」

「……綱海さ、」

「今のはなかったことにして、な?」


綱海さんは顔を伏せる。
こんなに弱い人だったろうか。
こんなことを言う人だったんだろうか。
無性に綱海さんのことを抱き締めたくなった。
セックスの最中一度もしなかったくらい優しく。


「ごめん、俺、たぶんお前に甘えてる。……なあ、これは聞かないで」


だけど手を伸ばしかけて、やめた。
お互い、恋愛で苦しんでいる。
このまま綱海さんの手を掴んでしまえば楽なのかもしれなかった。


「立向居のこと逃げ場にしたかったんだ。……ちょっとだけ羨ましいと思ったから。お前が好きな相手のこと」


だけど綱海さんを抱いて、やっぱり逃げ場なんてないのだと思った。
ひどい男だと思われても。
やってることは十分ひどい男でも。


「……綱海さん」

「……ああ」


俯いたままの綱海さんの頭を撫でて、愛しい残像が完全にこびりつく。
セックスって痛くてきついんだ。
優しくしてやりたいと思う。

綱海さんは俺を踏み台に。
俺は綱海さんを踏み台にして。



「……幸せになりましょうね」



綱海さんは顔を上げて、いつもみたいに、笑った。







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