「トリックオアトリート」



アパートのドアを開けたのと同時に、亜風炉がにこりと右手を差し出した。

寒いから早く中に入りたいのと、やっぱりこういう行事に食いつくやつだよなと思いながら、両手をポケットから出して開いて見せる。
甘いものなんて持ち歩かない。

亜風炉は「だよね」と笑って、玄関から身を乗り出すと、音を立てて俺の頬にキスをした。


「お帰り、あきおくん」

「……ああ」


遅れてそれが悪戯だと気が付いて、自分でもわからないため息を吐いて、亜風炉の背中を追った。




「一之瀬くんからね、アメリカのパーティの写真が送られてきたの」


ほら、と開かれたパソコンの画面を覗き込む。
随分と本格的に着飾った、いつしかの見知ったメンツが楽しそうにカボチャを抱えている写真だ。


「どれがあいつかわかんねーな」

「ふふ。シーツ被らされたって文句言ってたよ」

「……そりゃわかんねーか」


そういえば亜風炉の着ているニットのカーディガンは今年初めて見る栗色で、それが少しハロウィンみたいだと思う。


「僕はこういうのを着たいとは思わないけど、訪ねて回るだけでお菓子をもらえるなんてうらやましいよね」

「ハタチ越えたらさすがに貰えねぇんじゃねーの?」

「……なるほど」


亜風炉は少し残念そうに眉を寄せた。
ふと、降ろしたかばんの中のことを思い出す。
そう言えば今日大学でもらったやつを食べずにそのまま突っ込んだ気がする。


「なあ、さっきのもう一回言えよ」

「え?」

「トリックオアってやつ」


喜ばせようと思ったわけではない。
だけど自分でも忘れていたようなもんだしな。


「トリックオアトリート?」

「ほら」

「……え?」


よく見れば、かばんを漁って取り出した飴にはカボチャの絵が印刷されている。
ハロウィン用だったんじゃねーか。
それを二粒手のひらに受けとって、亜風炉は目をぱちくりさせた。


「……なんだか女の子に貰ったって感じの、かわいいキャンディだね」

「あん?」

「うそ。ありがとう、嬉しい」


それから嬉しそうにはにかむ。
普段からにこにこ笑ってばかりいるやつだけど、本当に嬉しそうなときは、少し違う顔をする。
……なんて、のろけみたいなことを考える自分が馬鹿らしいが。


「ねえ、あきおくんは言わないの?」

「あ?」

「トリックオアトリート」


今度は何かを思い付いたような楽しそうな顔。
こいつにのせられるのは気に食わないが、それから最初にされた悪戯を思い出した。
悪戯なんてのは柄じゃないが、まあ、有りか無しかで言えば有りだろう。
年に一度の日なわけだし。


「トリックオアトリート」

「……え?」


のってくれたんだ、と意外そうな顔を浮かべた亜風炉が、何かを答える前に席を立って身を乗り出す。
机を挟んで片膝分乗り上げて、すとんと机に落ちる亜風炉の髪を一束掴んで顔を寄せた。


「あ、あきおくん……っ」


唇が触れる十センチくらい手前で亜風炉が声を上げる。
俺は途中で止められて、あまりいい気はしない。


「……なんだよ」

「あ、あのね。一応、冷蔵庫に」


ケーキが買ってあるんだけど。
少し慌てたように指を差す亜風炉に軽く舌打ちする。


「……お前なあ、」


爪先で支えるのが辛くなってきた体重を、掴んでいた髪の毛ごと亜風炉の肩にかける。

少しは空気、読めよな。


「……ごめ、……ん」


そう軽口を叩いて、間髪入れずにキスしてやった。






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