緑川の鞄から、変な形に折られたメモ用紙がが二つほどぽろっとこぼれ落ちた。
たぶん便箋のような紙が、中身が見えないように小包型に折られている。


「緑川、これ何?」

「んん?」


くるりと振り返った緑川にそれを渡すと、緑川は大きな声を出して、慌てたように受け取った。


「あー!忘れてた!ありがと、立向居っ」

「わからないけど、落としたよ」

「うん!ちょっと渡してくるね」


そう言い残した緑川は、一度背負いかけた鞄をまた放り投げると、ぱたぱたとロッカールームを出て行ってしまった。
何だかさっぱりわからないけど、とりあえず俺のお陰で何かを思い出したみたいなのでよしとする。

まあ、することないし、先に帰ろうかと思った矢先、ふと置き去りにされた緑川の鞄が目に入った。


「ん?」


それに気付いて思わずため息が出る。
まったく、落ち着かないっていうか、しっかりしてそうなのに、肝心なとこボケてて呆れてしまう。
緑川のぽっかり開いた鞄からは、さっきと同じように折られた便箋が、まだいくつも顔を覗かせていた。
せっかく気付いたのに、まだこんなに忘れてるじゃないか。
馬鹿だなあと思いながら気まぐれにその一つを手にとってみると、その表には綺麗な字で「緑川へ」と書かれていた。


「……あれ、これは違うのか?」


ひとり言を呟いてもう一つ見てみれば、それは器用にハート型に折られていて、また「緑川くん」の宛名つき。
どうやらこっちは、緑川に宛てられた手紙らしかった。


「あー間に合った!よかったー」


ちょうどハート型のそれを手に取った頃、また遠くからぱたぱたと足音が聞こえて、緑川が扉の影からぴょこりと顔を覗かせた。


「あれ?立向居まだ居る」

「緑川。なあ、これ、手紙?」


手に持ったそれを緑川に見せるように掲げる。
形ですぐにわかったらしく、緑川は笑いながらすぐに答えた。


「ああ、それは春奈から貰ったの」

「……ラブレター?」

「な、わけないだろ!」


だよな、とは思いつつ、ハートの形が気になって、それを見ながら首を傾げることしかできない。
緑川は俺の隣に座ると、鞄を乱雑にあさってまたいくつかの手紙を取り出した。


「春奈すごいんだよ。牛乳びんとか折れるの!」


ほら、と嬉しそうに見せられたそれは、確かに牛乳びんの形をしている。
だけどそれより、この手紙のやりとりの方が遥かに気になるんだけど。


「ハートは教えてもらったけど、牛乳びんはできなかった。難しいんだもん」

「……ていうかさ、緑川たちそんな女子みたいなことしてるの?」


そう言うと、一瞬ぱちくりとした緑川は、少し恥ずかしそうに目尻を赤くして、拗ねたように眉を寄せた。


「は、春奈とだけじゃないよ!男だって手紙くらい書くよ……今日のだって風丸にだし」

「そうなの?」

「……不動だって書いたら返事くれるし」

「……まじ?」

「マジだよ!」


相変わらず拗ねた顔の緑川に、だけどそれにしたって不思議だと思う。


「これだけ練習で会うのに手紙書くの?」


だって月に二度、練習で顔を合わすのだ。
大会中みたいに毎日会うわけじゃないけど、手紙書かなきゃいけないほど会わないというわけでもない。
そう言ったら、それまで吊り上がっていた緑川の眉が、今度は少し困ったように下がった。


「でも、……二週間も会えないじゃん」

「……まあね」

「俺、ケータイとか持ってないし。……そしたら春奈が、じゃあ、手紙交換しようって」


ああ、そういえばと思い出す。

大会の合宿中、毎日一日中誰かと一緒に居るなんて、と緑川が嬉しそうに言っていたこと。
それから少し、緑川が一人で居た頃のことを思い出した。


「……じゃあさ」

「うん?」

「何で俺には手紙くれないの?」


機嫌をとるわけじゃないけど、多少拗ねた緑川をごまかすみたいに隣から顔を覗き込む。
緑川は今度はうろたえて、さっきよりも赤くなって目線を泳がせた。


「っ、だって、立向居、そーゆうのあんまりしなそうじゃんっ」

「まーね。意外と俺のことわかってるよね、緑川」

「……なにそ、」

「でも不動も書けるなら俺にも書けるだろ。だから教えてよ」


クエスチョンマークでぷかぷかなってる緑川の心臓のあたりに、春奈が折ったっていうハートを押し付けた。


「ハートの折り方」


耳元でにこりと笑いかけたら、剥き出しの耳が茹ダコみたいに染まって、緑川の肘が俺の体を押し返す。


「い、いいけど、」

「けど?」

「ち、近いっ」

「だって近くなきゃ見えないじゃん」


ぎこちなく鞄をひっくり返して、メモ用紙を取り出す緑川の肩に顎を載せる。
ポニーテールが驚いたねこのしっぽみたいに揺れた。


「こ、こう、です」

「へー、意外と簡単そう」

「もー、わかったろ?ど、どいてよ」

「わかった」


どいたらどいたで、さみしそうな顔するくせに。
緑川はさっさとそのばればれの気持ちを自覚するべきだ。
そしたらもっとちゃんと、するのに。

思った通り、また眉尻を下げた緑川の額。すごくいい位置にあるんだよな。


「……俺、帰る。ヒロト待ってるかもだし」

「そーだね。俺も電車あるから」

「じゃあねっ」


そう言い捨てて、逃げるように鞄を引っつかんだ緑川を、名前を呼んで引き止めた。


「緑川」

「……なに」

「ちょうだい」


その言葉にびっくりしたみたいな顔をして、緑川は動かなくなった。
手首を掴んで距離をつめる。

ぎゅっと目をつぶった緑川の手の平から、さっき作ったハートをすっと抜いた。


「これ」

「……あ、」

「折り方ちゃんと覚えてないから」


なにを考えたのかなんてわざわざ想像はしない。
だけど目を開けた緑川は、これ以上ないってくらい、露出したところを全部真っ赤にして、ばたばたと音を立ててロッカールームから駆け出して行った。


「どうしよう。……可愛いなあ」


奪ったハートの形で唇を塞いで、緑川の顔を思い出したら、今更顔が熱くなってきて、参った。







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