綱海さんを好きでいながら、だけどなんとなく、彼はきっと一生自分のものにはならないのだと察しはじめた中一の冬。
ショックじゃないといえば嘘になる。
だけど思ったよりも冷静な自分は、たぶんその理由もなんとなくわかっていた。
そしてそんなことは、仮にも今までさんざん愚痴を聞かせてきた緑川に言い出せるわけもなく。
東京の冷たい冬に九州の実家を恋しく思いながら、今日もまた緑川をこの寒空の下に呼び出してしまった自分にため息を吐いた。
一体お前は何がしたいんだ、と。
「おっきーため息」
ちょうど同じタイミングで頭の上から声が降ってくる。
ベンチ越しに見上げると、鼻の頭を少し赤くした緑川の顔が見えて、それから額の上に熱い缶を置かれる。
それを冷たくなった指先で支えながら、緑川のために少しだけ隣を空けた。
「おー、立向居が座ってたあとぬくい」
「これは?」
「あ、それね、お詫び。ちょっと待たせただろ」
それ、と緑川が指差す。
俺の手の平の中のおしるこの缶だ。
「緑川は、センスないよな」
「はあ?何が。ま、いっけどさ、立向居あんなおっきなため息なんか出してたら幸せ全部逃げちゃうよ」
おしるこは悪くないけれど、ココアとか、レモネードとかそんなのがまだ恋しい。
緑川はコートのポケットに裸の手を突っ込んで身を縮こめた。
「追ってる幸せはもう逃げそうだから」
「ん?」
「たまってくすぶらないように出してやったんだよ、ため息で」
よくわからないというように首を傾げた緑川は、だけどまたすぐにそんなことはどうでもよくなったみたいだ。
くるくる変わる表情は見ていて全然飽きない。
それから少し、あの人に似ている。
似ているからこんなに気になってるって、わけじゃないとは思うんだけど。
「……なあ、ちょっと何てゆーかさ。ヘンなこと、聞いてもいい?」
緑川が少しためらったように間を空けて、俺を見上げて言った。
「何だよ?いきなり改まっちゃって、変なの」
「だってずっと気になってたけど、聞きづらくってさ」
「いいよ、言いなよ」
これまでだって俺は緑川には、あっさりざっくりだけど、何度となく他の人には言わないような話を漏らしてきた。
今更何をと思いながら、緑川を顎で促す。
「立向居はさあ、綱海サンのこと……その、どういう好き、なの?」
「……はあ?」
まあ確かに緑川は俺の話に口を挟まず、最後までただ言わせてくれるってのがいつもだったけど。
それにしたってまさしく、今更何を、だ。
「……あのな。念のため言っとくけど、友情じゃなくて、恋愛の好きだからね」
「そ、れは、わかってるんだけど」
語気を弱めて眉を下げる緑川が視線を逸らす。
「……俺、レンアイ話とかする友達今までいなかったし、……なんか」
「うん?」
「恋、とかもよく、わかんないし」
同い年だけど、何だか可愛いと思う。
それから妙なカンジがした。
綱海さんへの気持ちを、改めて口に出そうとして。
「ドキドキしたり、いろいろしたいって思う好きだよ」
それは、ただの一般的な恋愛論だ。
それから緑川はしばらく考えたあと、いきなり困ったように眉を寄せて、小さく言った。
「うわあ……立向居がえっちだ」
その瞬間、恥ずかしそうに俯いた緑川の顔を見て。
君のこともいろいろしたいと思ったって正直に言ったら、どんな顔しただろう。
考えながら、だいぶ温くなったおしるこの缶を手の平の上でくるくる回した。