「梓」


四月―……春の月夜。
雲の隙間から差し込む月光に照らされた護法童子が、光の遮られている雲の下にいるあたしに声をかけた。雲翳りの下、声をかけてきた護法童子の名を呼ぶ。


「…翡翠」

「低級ですが、怪異の気配がします。札の準備をしておいた方がいいですよ」

「はいはーい」

「返事は一回でよろしい」

「…はーい」


背も、おそらく見た目の年齢も追い越したか同等くらいになったであろう彼からいつもの言葉が飛んできた。
あたしの住んでいる近所にある神社で、あたしと翡翠は怪異が出現していないかを確認するために毎日ではないといえ出歩いている。神社に限ったことではないけど、怪異とは夜に現れるもの。月を背にして社を見上げる。


「…ここの社に奉られている神様はこの町の信仰があるから、大丈夫そうね」

「そうですね。ほら、行きますよ」


護法童子に促されわざとらしく肩を落として社から鳥居に足を向ける。翡翠を先頭に怪異を探索をしようと二人で数歩歩き出した時のことだった。
かさり、と木々から何かが動いた音がした。ぼんやりそちらへ視線を向ける―…気配でわかる、音のした方には人ではない「モノ」がいる。あたしは幼い頃から霊感が強い。だから、というわけではないけど、半分はそのせいで今みたいなことをしている。霊感が強い人なんてのは珍しいわけじゃないけど。
木々の隙間から顔を出して来たのは、一つ目の翼を持った知能の低い妖(あやかし)だった。口元をぺろりと舌が舐める動きを見て翡翠が眉を顰めた。


「いけませんね、人の血の味をどこかで覚えてきたのか…。このままではいずれ人に害を及ぼします。祓いましょう、梓」

「…やっぱ、血の味を覚えたらダメなもんなの?」

「ええ、特に知能の低い妖は善悪の判断がつきません。本能が欲するままに、人を喰らうでしょう…そうして力をつけていくモノもいます」

「ふぅん…」


腰に下げていたバッグの中から祓いの札を取り出すと、一つ目はあたしたちに気付いていないのかふわりと木々からどこかへ飛んで行った。正直走るのは面倒臭かったけど翡翠があたしを呼んだのと、人の生死が関わることに溜息を盛大についてあたしは一つ目が飛び去った方向へ駆け出した。




神社のある山からそう遠くない家に一つ目が入って行ったのを見て、小さく舌打ちしてしまった。人の家に勝手に忍び込んで妖を祓うなんて無茶をしてでもしたいとは思わない。
あたしだってまだ学生、時間帯からしてこの家の主も近所の人たちも眠っているだろうけど…万が一見つかってしまって通報でもされてしまったらたまったもんじゃない。日本元来の大きな屋敷の玄関門の前まで歩き月夜の光が照らす表札を見た。


「……市松って書いてある。随分大きな屋敷」

「それよりもどうするのですか?梓。あの妖、見過ごすわけにもいかないでしょう」

「…だからって人の家に不法侵入しろって?」

「そうは言っていませんよ」


どうしたものかと腕を組んで考え始めた翡翠に肩を竦め、瞼を閉じて一つ目の気配を探る。すると、


「―…消えた」

「はい?」

「一つ目の気配が消えた。もう、いない」


完全に気配が絶たれた。まるで祓われたか、別の「モノ」に喰われたみたいに。
納得していない顔の翡翠に、気配がないものはないと言い残し今夜はこれで帰ろうとアパートへ足を向ける。渋々と、それでも気配がないことを翡翠も感じてかあたしの後ろをついてきた。
大きな屋敷をちらりと振り返る。でも、おかしな屋敷だと思う。一つ目の気配は消えたけど、あの屋敷には人ではない「モノ」がいる。数はわからないけど、確実に何かいる。
使うことのなかった祓いの札をしまいながら、帰路を歩いた。



00.人形少女と狐狗狸さんたち



次の日の昼過ぎ、あたしと翡翠は昨日一つ目を見つけた神社に来ていた。鳥居をくぐり、社の裏側まで回り込んで首を傾げる。
棲みついてたのだろうかと考えつつも、もう気配がない怪異のことを考えても仕方がないと欠伸を溢す。社の裏側は神社にお参りに来る人からは死角になっていて、座り込んで昼寝をしてもバレない。
座り込んで両手を挙げて伸びをして瞼を閉じ、昼寝でもしようと思ったところで翡翠が口を開いた。




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