それは、七夕の日のことだった。怪異が現れていないかと、翡翠と別行動をしていた時のこと。
山が近くにあるからか、都会にしては珍しく綺麗な天の川が見えていた晩。その天の川を眺めながら、むわりと体にまとわりつく夏を感じさせる湿気に、コンビニで買ったミネラルウォーターを一口飲んだ瞬間のことだった。

夜空に浮かぶ、未知の飛行物体を、見た。


「…UFO…?宇宙人?…まさか、ね」


けど、そのまさかのソレが、ちょうど目の前にあるこひなちゃんの屋敷の近くまで旋回し高度を下げてきたのを見て、あたしは思わず口元を引きつらせた。タイミング良く、玄関から出てきたこひなちゃん。…げ、馬鹿狗も一緒だ。
時間も時間だし、出歩かないように声をかけようとこひなちゃんに近寄ったところで、足元に光が落ちる―…と、ふわりと、足元が地から離れ体が浮遊した。


「梓さん、こんばんはなのです」

「…さすがこんな時でも動じないわね、こひなちゃん…」

「人形は何事にも動じませぬ」

「これ…攫われてるんじゃないの?」

「ご安心を。まだ指一本触れさせていないので、セーフでございます」

「何がセーフよ!?アウトよ!アウト!!」



04.天の川に投げられた小石



…どう見てもUFOだ。飛行物体の内装を見てあたしはそう思ったけど、弁解するのに必死なこひなちゃんのクラスメイト、らしい山本くんを見て口を噤んだ。
彼もどう見ても、宇宙人だ、と思うけど…オカンキャラな物の怪がいたり、最近の『普通ではあり得ない』状況に自分も慣れてきてしまっていて、彼を地球人だと思うことにした(というよりは、深く考えるのをやめた)。


「クラスメイトの、山本くんなのです」

「ハジメマシテ、ヨロシク。オ姉サン」

「…門真 梓よ」

「門真サンモ、天ノ川ヲ見テイクトイイ」

「……どう見ても、SF「ボクハ、地球人ダ」…そう」


やっぱり、深く考えるのはやめよう。こひなちゃんに、天の川が綺麗に見えると屋上を勧める山本くんと、こひなちゃんの背中を見つめながら、馬鹿狗に小さく声をかけた。


「…彼、どう見ても宇宙人でしょ」

「SF殿でございます」

「地球人は自分を地球人って言わないと思うけど」

「…しかし実際に、何の違和感もなく学校に通っているのですよ」


どうかしてる。そう思ったところで、三度目の正直、あたしは本格的に考えるのを放棄した。屋上へと先に上がるこひなちゃんから視線をこちらに向けて、山本くんはあたしと馬鹿狗にも屋上を勧めた。
たしかに、夏の夜空を近くで見る機会なんて滅多にない。ましてやこんな高度の高いところから。今夜は月が細く光が弱いため、星も綺麗に見える。
何から何まで色々とツッコミたいところは沢山あったけど、目の前の興味にあたしはお誘いに首を縦に振った。


「狗神サンモ、門真サンモ。屋上デ綺麗ナ天ノ川ヲ見テイクトイイ」

「…そうね、お言葉に甘えて「私がこひな様の隣でございます!」っぐえ!」


一歩足を前に出した時、我先にと馬鹿狗に真横からタックルされて、あたしは盛大に尻もちをついた。…隣っていうか、アンタ大概アニマル化してて、こひなちゃんの頭に乗ってるでしょうが!
尻もちをついたあたしに、山本くんがオロオロしていて、あたしは「平気」と一声かけると彼はほっとしたように頷いた。
屋上に促され、ひょっこりと顔を出してみると、360度どこを見渡しても頭上は綺麗な星空だった。それは、人生で見たことのないほどの、きれいな星空。感嘆の声を漏らしていると、あたしの後に続いていた山本くんが空を指差す。


「ハルカ昔ニ輝イタ光ガ、今コノ地球ニ届イテイル。存分ニ眺メルトイイ!」

「…そうね。光の速さから考えると、光年って単位があるくらいだから、今見てる光は何年前の光なのかしら」

「光の、はや…さ…?」

「光年、ですか」

「小学生と馬鹿狗はわからなくてもいいわよ」


馬鹿狗はどうかは知らないけど、こひなちゃんはわからなくても当然だ。
今この目に光って映っている星が、遠いとおい宇宙の向こうにまだ存在しているとは限らない。もう燃え尽きて、消えてしまっているかもしれない。星ほ光とは、そういうもの。そんな、尊い光。


「ソノ間ボクハ、百万ドルノ夜景ヲ眺メテイルカラ」

「星はスルーなのです?」

「屋上に誘った本人が星スルーなわけ?」

「夜景ノ光モキレイダ。人工ノ光ニハ、意志ガ宿ル」

「……」

「アソコニ市松サンノ家ガアル」

「はいなのです」


こひなちゃんの屋敷を指差し、山本くんがこひなちゃんと話しているのを少し離れたところに座って、あたしは二人を眺めながらその会話を―…山本くんの言葉を聞いていた。
彼が…山本くんが何を言おうとしているのか、なんとなくわかって、あたしはさっと僅かに眉を寄せ下唇を軽く噛む。三角座りして抱えていた、自身の腕に触れる自分の手に少し力を込めた。


「明カリガ、ツイテイルノガ見エル」

「コックリさんたちがお留守番しているからです」

「ボクハ」

「…、」

「自分ノ帰リヲ待ツ、誰カガ灯シテクレタ明カリナラ…キット、ソレハ星ノ光ナンカヨリ尊イト思ウ」

(…自分の、帰りを待つ、誰か…)


「ココカラ地上ニ見エルノハ、ソンナ光ダ。ダカラ、ボクハ地上ノ星ノ方ガ、好キダ」


「……人形には、よくわからないのです」


星空から視線を下ろし、いつもより広々と見える家々の明かりをあたしは、きっと睨んでいたんだろうと思う。
二人が会話に夢中になっていることをいいことに、あたしは家々の明かりを見つめて心の中に渦巻くものと戦うのに必死で、だから、馬鹿狗がちらりとあたしを見たことにも気付かなかった。
高度が高く、流れる風に掻き消されそうな、ぽつりと口からこぼれ出た言葉を聞かれていたのにも、気が付かなかった。



「…、家の明かりなんて…きらいよ 」

「……」




山本くんの家(家っていうか以下省略)から出て、こひなちゃんと彼女の屋敷への家路を歩く。星を眺めていたら、随分遅くなってしまったから。翡翠は別行動をしていたけど、どうせ屋敷に寄っているに違いない。そうでなければアパートに直帰しているはず。
こひなちゃんの屋敷の門をくぐり、玄関をぼんやり眺める。そこには、山本くんが言っていた帰りを待つ、明かりがあった。
誰かのために、誰かが灯している、光(あかり)。ごく一般的に当たり前のそれは、あたしのきらいなもの。
玄関前に立っていたコックリの隣には、やっぱり翡翠がいた。玄関で微笑んで立ち、あたしを見る翡翠のその場面に、一瞬、被った映像に目頭が熱くなった。けど、ぎゅっとかたく瞼を閉じて、それを封じ込める。



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