こひなを探して狗神は台所を覗いて見たが、こひなは台所にはいなかった。翡翠たちと話しているコックリの目を盗み、自身の部屋へカップ麺を持ち込んで食べているのかもしれない。
彼女の部屋を覗いてみようと、台所を出た時だった。おそらく翡翠を迎えに来たのであろう、先程まで聞いていた話題の人物と鉢合わせしてしまった。目が合い、ほぼ同時のタイミングで互いに向かって隠しもせず嫌な顔をする。


「……」
「……」

「…めずらしいわね、こひなちゃんと一緒じゃないの?」

「我が君への贈り物を取りに来ていただけです」

「カップ麺が贈り物って…まぁ、こひなちゃんは大喜びだろうけど」


狗神はとっさに嘘をついた。愛しの彼女をいま探しているところだと、この時は梓に知られたくなかった。
居間にいる三人の話の輪に入れず、途中から姿が見えなくなったこひなとすらも今一緒にいないことを、馬鹿にされたりからかわれたりするのはとても不愉快で嫌だと思った。
肩をわざとらしく竦めて見せ、視線を狗神から逸らして居間の方へと向けた梓は、思っていたとおり護法童子の名を口にする。


「…翡翠、来てるでしょ?」

「…居間の方で狐殿と狸殿と、老人会を開いてますよ」

「老人会?ああ、昔話でもしてるのね。今はもう昔のことなんて話せる人がいないから、翡翠もつい口が緩んじゃうんでしょ」

「……退魔師殿の話でございます」

「…、は?あたし?」


『昔話』を自分と関係のない話だと思い溜息をついた梓に、狗神はもやもやする胸の突っかかりを感じるままに、翡翠たちが話していた話題を口にした。ぴくりと見ていなければわからなかったほどに小さく肩を揺らした梓が、視線を再びこちらへ向ける。居間の方に顔を向けていた梓を見ていた狗神と、再度視線が絡む。
肩を揺らしたことにも、眉を僅かに寄せつつも、どことなく気まずそうな表情を向けてきた梓に、狗神は余計に胸の突っかかりがイライラしたものへと変わるのを感じた。
狗神が黙っていると気まずさからか、梓は視線をすぐに逸らした。


「……あっそ。何聞いたかは知らないけど、物の怪のアンタたちには関係ない話だから」

「ええ、興味など微塵もありません故」

「…でしょーね」


早く翡翠を迎えに行こうと、視線を逸らしたまま梓が横を通り過ぎる。いつもぎゃあぎゃあと口うるさい女は、あの日の晩と同じで狗神の顔を見ない。喧しく突っかかってくる時は、愉快なほど怒った表情で睨んでくるというのに。

それだけのことが、狗神にはとてつもなく不愉快で気に食わなかった。

横を通り過ぎた梓に、あの日の晩問いかけた言葉をもう一度口にした。


「…何か、呪いたいモノがあるなら、この狗神めが呪って差し上げますよ?」

「…っ!」


予想したとおり、足を止めた彼女を肩越しに振り返ると、梓もこちらを振り向き目と目が合った。
狗神が追い打ちをかけるように、からかいの意味を含めくすりと口元に小さく弧を描き目を細めると、梓はそれを見て目を瞠る。狗神がやはり予想したとおり、彼女はみるみると怒りに頬を染め上げてわなわなと震えていた。
金魚のように顔を赤らめて、ただでさえつまらない顔をしているというのに、怒り馬鹿面をして睨んでくる彼女の表情の愉快なこと。

それでも、狗神の胸の内は先程よりもすっきりしていた。


「うるさい!馬鹿狗のくせに!」

「がふっ!」


梓は肩に下げていた鞄を両手で持ち、遠心力と力に任せて黒狗の背中目がけてぶん殴った。見事命中すると、狗神は顔から床に倒れ込む。倒れ込んだ狗神を見て、梓は大きく鼻を鳴らすとズンズンと大股で居間へと歩いて行った。
居間の襖を開き翡翠を呼ぶ梓の声を耳にしながら、狗神はむくりと両手をついて起き上がる。無意識に、口元が微かに緩んだ。


「お、梓の嬢ちゃん」

「信楽のおっさん、また昼間っから飲んだくれてたわけ?酒くさい」

「まぁまァ、そう言わずに…お小遣いやるからお酌でもしてくんない?」

「しない」


「っていうかソレ、コックリのお金でしょうが。ニート狸のくせに」と信楽に返事をする梓に、狗神は立ち上がり襖を開いたところに立っている梓の背後まで近寄る。視界の中に居間にいるコックリ、信楽、帰ろうと立ち上がっていた翡翠を捉えると、自身の胸元ほどの高さしかない梓の背後で腕を組んで、嫌味ったらしくこう言い放った。


「狸殿は、このような小煩くつまらない小娘がお好みなのでございましょうか?」

「…へ…?」

「え、狗神…?」

「なに、アンタまだ喧嘩売るつもり?」

「貴女のような女性など、我が君の足元にも及びません」

「アンタ基準で言われても説得力ないわよ」


一瞬居間の空気がざわついたが、梓が気にせず背後に立つ狗神を振り返り、先程とは打って変わっていつもどおりの呆れた目で狗神を射抜いた。その瞳を、狗神は目を細めて見詰め返す。


「貴女の中では、そうなのでしょうね?」

「アンタの中じゃ、そうなんでしょ。翡翠、帰るわよ」

「はい、わかっていますよ」

「何をおっしゃるかと思えば…こひな様は私に唯一、温もりを教えてくださった「キモい」ひぎゃあああああ!!」

「梓、退魔の札を無駄遣いしないように」


梓は翡翠を見ながらぺたり、と背後で悦に浸りはじめた狗神に退魔の札を張りつけた。叫び声を上げている狗神に構うことなく、翡翠は梓に札を無駄遣いしないよう注意する。
ぷすぷすと焦げている狗神を気にすることなく、梓と翡翠は玄関へ歩いて行った。玄関に辿りつく前に自室から出てきたこひなと顔を合わせ、梓と翡翠はコックリとこひなと信楽に見送られた。狗神は残機を一つ無駄にした。



「…ふふ、本当にまだまだ小童で仕方ありませんね」

「…?コックリのこと?」

「いえ、…まぁ、そういうことにしておきましょうか」

「?」


帰路を歩きながら、翡翠が呟いた言葉に梓は首を傾げる。まるでまだ本当の犬のようだと、こっそり翡翠は思った。




「…狗神。お前最近、梓と喧嘩しすぎだぞ」

「私は狐殿とも仲良くしているつもりなど、一ナノミクロンもございませんが?」

「ああそうだよ!ど畜生め!…って、そうじゃなくて!前はそんなに梓につっかかってなかっただろ?最近どうしたんだよ、お前」

「…別にどうともしていません」

「あー、そうかよ。喧嘩もたいがいにしておけよ」

「強いて言うなれば、狐殿の『まさかの旧友に会えて嬉しい!キャピ☆』的な雰囲気がいまだに漂っているのが気に食いません」

「それただの俺の悪口じゃねーか!」





(ただ、他所を見ているよりも、此方を見て怒っている様子が愉快なだけなのでございます)


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