アパートに帰宅してから、床に就く前にあたしは翡翠に一人で平気だと言って怪異が現れていないかとアパートを出た。怪異については正直口実だった。なんとなく、一人になりたかった。
こひなちゃんたちと会った神社に来たあたしは月を見上げたあと、鳥居から見える家々の明かりへ視線を落としそれをしばらくぼんやりと眺めていた。すると、遠くで小さくサイレンが鳴りそれに反応するかのように犬の遠吠えが聞こえた。遠吠えは思っていたより近くのようで、あたしは何となく遠吠えのする方へ階段を下りて足を向けた。
思っていたとおり、遠吠えの発声源はこひなちゃんの屋敷からだった。外壁の瓦の上に座る闇夜に紛れる黒にゆっくりと近寄る。どうやら向こうも気付いたようで、あたしを見るなり嫌そうな顔をした。


「おや、これは退魔師殿」

「…遠吠えなんて、ホントに犬みたいね」

「私は狗神、生前は犬でしたから」

「…それもそーね」


月夜の明かりだけが照らす中、あたしを目を細めて見る瞳は闇夜に光るような血の色。急にその色が不気味に思えて、相手が物の怪だということを思い出す。黙っているあたしに小首を捻り、物の怪の黒狗は口を開いた。


「…何か忘れ物でございましょうか?それならば私が『仕方なく』取って来てあげますよ。貴女にこれ以上こひな様との時間を邪魔されたくはないので」

「アンタ、口開けばそればっかりね。まさか本気で一緒になれると思ってるわけ?人間のこひなちゃんと」

「ええ、思ってますが何か?」

「…アンタに聞いたあたしが馬鹿だった。ほんとキモい」

「別に構いませんが。私も貴女のことは嫌いなので。私が心惹かれるのは我が君、こひな様だけでございます」

「その忠誠心は犬そのものでご立派。でも妄想癖の酷い馬鹿狗には違いないわね」


手をひらひらと振って相手に背を向ける。なんで一人になりたかったのに、遠吠えなんて聞いて屋敷に来てしまったんだろう。ストーカー馬鹿狗なんかと話して苛立ちを覚えるだけだった。立ち去ろうとするあたしの背中にまたも黒狗が声をかけてきた。


「忘れ物があったのでは?」

「忘れ物なんてない、怪異がないか見て回ってただけ。とくにこれといってなかったから、帰る」


振り返りもせずそう言いながら足を進めるあたしに、あたしの言葉を聞いてしばらく黙っていた黒狗がにやりと嗤った、気がした。背中に嫌な気配が走る。びくりとして思わず黒狗を振り返ると、アイツはあたしが振り返ったのを見てから口に弧を描いた。


「…何か、呪いたいモノがあるならこの狗神めが呪って差し上げますよ?」

「…っ!うるっさい!馬鹿狗!」


からかうように言われた言葉にカチンときたあたしは退魔の札を投げつけ、それが相手に避けられたのを見ることなくその場から走り去った。



(…挑発に反応したということは、呪いたいものでもあるのでしょうかねぇ…)


退魔の者であろうと、人間(ひと)の子。嫌いなものの一つや二つあるだろうが。


(どちらにせよ、私の身も心も我が君の物。知りたくもなければ、知りたいとも思わないのでございます)


興味など微塵もない。


(そう、こひな様以外はゴミです故)





(馬鹿狗なんかの挑発に乗ったあたしが馬鹿だった!)


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